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ALSの新規原因遺伝子として脂質代謝に重要なSPTLC2遺伝子同定-東大病院ほか

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2024年03月06日 AM09:20

病態に不明点のあるALS、病原性変異がわかっていない症例も多く存在

東京大学医学部附属病院は2月16日、脂質代謝に関わる筋萎縮性側索硬化症(amyotrophic lateral sclerosis:)の新規原因遺伝子の同定に成功したと発表した。この研究は、東京大学大学院医学系研究科の戸田達史教授、成瀬紘也特任助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Annals of Clinical and Translational Neurology」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

ALSは、上位および下位の運動ニューロンの選択的な変性・脱落から、進行性に全身の筋力低下を来す、成人発症の神経変性疾患である。その進行は早く、典型的な症例では発症から3~5年で呼吸不全から死亡または人工呼吸器装着が必要となる。病態にはまだ不明な点が多く、根治療法が見出されていない代表的な神経難病の一つである。一般にALSの5〜10%は家族歴のある家族性ALSとされているが、残りの大多数は家族歴のない孤発性ALSと考えられている。ALSは典型的には55~75歳時に発症するが、40歳未満で発症する若年発症のALSも知られており、多彩な臨床病型を呈することも報告されている。

ALSの遺伝的病因の解明は、運動ニューロン変性の病態基盤の理解を深め、疾患モデルの作成や治療法の研究につながってきた。近年の次世代シーケンサーによる遺伝子解析能力の向上により、現在までに40以上のALS関連遺伝子が同定されている。研究グループは網羅的ゲノム解析情報を活用して、日本人ALSのゲノム基盤の解明を進め、2022年度時点で家族性ALSの約59%、孤発性ALSの約4%の症例で、病原性変異を同定した。その一方で病原性変異が見つからないALS症例も相当数存在するのが現状である。ALSの新規原因遺伝子の同定は、発症機序を解明し、現在根治療法が確立していないALSに対する病態に応じた治療法を開発するためにも、喫緊かつ重要な課題となっている。

若年発症ALSの2家系を解析、SPTLC2遺伝子に2つの病原性と見られる変異検出

研究グループは、若年発症のALS家系に着目し、親子トリオ解析を含む網羅的ゲノム解析、タンパク質の構造解析、スフィンゴ脂質を対象とした詳細な脂質分析を駆使してALSの病態解明を進めた。まず若年発症の家族性ALSの家系に注目し、発症者および非発症者を対象に全エクソーム解析を実施し、発症者のみに検出され非発症者や健常者データベースに登録がなく、機能予測から病原性と考えられる変異を探索した。その結果、スフィンゴ脂質生合成経路のkey enzymeであるセリンパルミトイル転移酵素(serine palmitoyltransferase:SPT)をコードするSPTLC2(serine palmitoyltransferase long chain base subunit 2)遺伝子の新規変異(p.Ala71Val)を同定した。さらに別の若年発症の孤発性ALS症例について、発症者および非発症の両親のエクソーム解析データに基づくトリオ解析を実施したところ、新生突然(de novo)変異としてSPTLC2遺伝子の新規変異(p.Met68Arg)を検出した。

同定した変異、HSAN原因の変異と異なり膜関連領域に位置

SPTLC2遺伝子の変異は従来、遺伝性感覚性自律神経性ニューロパチー(hereditary sensory and autonomic neuropathy:HSAN)の原因になることが報告されていた。HSANは主に感覚神経が障害される疾患であり、ALSとはその臨床像が大きく異なる。ALSおよびHSANを引き起こすSPTLC2遺伝子の変異の部位を比較すると、研究グループが同定したALS症例の変異は膜関連領域に位置していた。SPTLC2はSPTLC1およびssSPT(serine palmitoyltransferase small subunit)とともに、SPT複合体を形成する。クライオ電子顕微鏡法(cryo-EM)に基づくSPT複合体の構造解析から、今回のSPTLC2遺伝子の新規変異は、ORMDL3というSPTの活性を調節するサブユニットに隣接した膜関連領域に位置することがわかった。同様にSPT複合体を構成するSPTLC1のORMDL3に近接した部位の変異が、若年発症のALSの原因になることが最近報告されており、今回のSPTLC2遺伝子の新規変異との、SPT複合体内における局在の類似性を認めた。SPTLC2のORMDL3に隣接する部位の変異がORMDL3によるSPTの活性を制御する機能を障害し、SPTの活性亢進によりスフィンゴ脂質の過剰産生に至る機序が考えられた。

SPTLC2遺伝子変異を持つALS患者、セラミドなどのスフィンゴ脂質合成亢進

そこで研究グループは、SPTLC2遺伝子変異を持つALS患者における、スフィンゴ脂質の合成亢進の有無を検討した。同一家系内で変異を有するALS発症者と、変異を有しない非発症者から血漿検体を採取し、脂質分析を実施した。その結果、変異を有する発症者群において、血漿中のスフィンガニンやセラミドの有意な増加が観察された。これはSPTの活性亢進によるスフィンゴ脂質の産生増加を反映したものと考えられた。

興味深いことに、今回同定したSPTLC2遺伝子変異を有する若年発症のALSの全症例で、前頭側頭型認知症()を示唆する認知機能低下を認めていた。変異による脂質代謝異常が、若年発症のALSのみならずFTDなどのより幅広い臨床症状に寄与する可能性がある。

スフィンゴ脂質代謝異常の是正、新たなALS治療法開発につながる可能性

ALSの新規原因遺伝子の同定は、ALSの遺伝的病因と病態解明のために非常に重要である。近年脂質代謝異常とALSの病態の関連を示す研究データが蓄積されているが、脂質代謝に直接関連するALSの原因遺伝子の同定は進んでいなかった。今回の研究により、若年発症のALSおよびFTDの原因としてSPTLC2遺伝子を新たに同定し、変異を有する患者におけるスフィンゴ脂質の代謝異常が観察されたことは、ALSの病態と脂質代謝障害を遺伝学的・生化学的に直接関連付ける意義深い結果といえる。SPTLC1遺伝子の変異が若年発症のALSの原因であるという最近の知見と合わせて、SPT関連遺伝子がALSの病態に重要な役割を果たし、特にスフィンゴ脂質の代謝異常がALSの病態メカニズムに深く関与していることが明らかになった。

「今後、脂質代謝障害の病態への寄与について、ALSやFTDの幅広い症例を対象に検討していく。また本研究から、若年発症のALSとFTDの病態に、SPTの活性亢進によるスフィンゴ脂質の産生増加が関わっていることがわかった。これはセラミドなどのスフィンゴ脂質の過剰合成を抑制し、スフィンゴ脂質の量を適切にコントロールすることが、ALS治療の選択肢になることを示している。特定の脂質代謝異常を是正することにより、新たなALSの治療法の開発につなげたいと考えている」と、研究グループは述べている。

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