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正常眼圧緑内障、網膜アストロサイトが新たな治療標的候補に-山梨大ほか

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2022年11月08日 AM11:13

日本人患者の多くが「正常眼圧緑内障」に相当、眼圧以外の治療標的は?

山梨大学は11月4日、網膜アストロサイトの機能異常が正常眼圧緑内障を引き起こすことを発見したと発表した。この研究は、同大大学院総合研究部医学域薬理学講座の小泉修一教授、篠崎陽一准教授、同大大学院総合研究部眼科学講座の柏木賢治教授、同大総合分析実験センターの瀬川高弘講師、社会医学講座の三宅邦夫准教授、ロンドン大学(UCL)眼科学研究所のルング・アレックス氏(大学院生)、大沼信一教授、東京都医学総合研究所の原田高幸参事研究員、生理学研究所超微形態研究部門/自治医科大学解剖学講座の大野伸彦教授、新潟大学大学院医歯学総合研究科脳機能形態学分野の竹林浩秀教授らが行ったもの。研究成果は、「Science Advances」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

緑内障は、日本における中途失明原因第一位の疾患。有病率は40歳以上で約5%といわれており、その割合は加齢に伴いさらに上昇する。緑内障における失明は、視覚情報を脳へ伝達する網膜神経節細胞(RGC)の障害によって引き起こされると考えられている。緑内障発症の最大のリスク因子の1つとして、眼圧がある。眼圧が上昇することにより、視神経が傷害されやすくなると考えられている。従って、緑内障の進行を遅らせるための治療として眼圧を下げる処置がとられている。すでに複数の眼圧を下げる点眼薬が治療に用いられているが、単一の薬剤では効果が不十分な場合があること、薬剤の効果が徐々に減弱する場合があること、眼圧を十分に下降させても症状が進行してしまう場合があることのほか、さまざまな副作用などの問題があった。また、日本人の緑内障患者の多くは眼圧が正常値である正常眼圧緑内障に相当するため、眼圧以外の新たな治療標的の探索が喫緊の課題になっている。

先行研究でABCA1の一塩基多型と緑内障発症リスクに相関が判明

緑内障は、加齢、人種、喫煙、高血圧、糖尿病、家族歴などのさまざまな危険因子が影響する多因子疾患だ。危険因子の1つとして遺伝的要因があり、遺伝的要因と疾患の発症のしやすさを調べる研究であるGWASにより、ABCA1遺伝子の一塩基多型と緑内障発症リスクに相関があることが明らかとなっている。ABCA1が何らかの形で緑内障発症に関わることは推察されるが、ABCA1機能の欠損または異常な機能の獲得のどちらが大事なのか、緑内障リスクとして最も良く知られる眼圧に影響するのか否か、ABCA1は眼のどの細胞に発現して緑内障に寄与するのか、などメカニズムについてはほとんど明らかになっていない。

正常眼圧にもかかわらず、ABCA1機能欠損によりRGCが傷害される

研究グループはまず、ABCA1機能の欠損または異常な機能の獲得のどちらが緑内障発症と関わるのかについて検討を行った。このことを明らかにするため、ABCA1を全身性に欠損するマウス(ABCA1KOマウス)を用いて、RGCへの影響を調べた。その結果、正常なマウス(野生型マウス)に比べて、ABCA1KOマウスの網膜では、12か月齢においてRGCの数が有意に減少することを発見した。また、細胞死を起こしている細胞を標識してみると、野生型マウスに比べてABCA1KOマウスの網膜では、細胞死を起こしているRGC数が有意に増えていた。次に、ABCA1KOマウスの眼圧が変化するかを評価したところ、野生型マウスの眼圧と比べて顕著な上昇は見られなかった。これらの結果より、ABCA1の機能欠損が眼圧の上昇とは独立に緑内障発症に寄与する可能性が考えられた。

アストロサイトに発現のABCA1を欠損するマウスで正常眼圧緑内障様の症状

次に、研究グループはABCA1がどの細胞に発現するのかをさまざまな手法を用いて評価した。その結果ABCA1は、網膜最内層および視神経に分布する非神経細胞であるグリア細胞の1種であるアストロサイトに豊富に発現することを発見した。アストロサイトに発現するABCA1を欠損するマウス(AstroKO)を作出して評価を行ったところ、AstroKOマウスでも12か月齢でコントロールマウス(Ctr)に比べてRGC数が有意に減少し、死細胞数が増加した。また、AstroKOマウスの眼圧は、Ctrマウスと比べて顕著な上昇を示さなかった。

これらの結果から、研究チームはAstroKOマウスが正常緑内障様の症状を示すのではないかと考え、緑内障を特徴づける解剖学的・機能的所見を評価した。12か月齢のAstroKOマウスは、野生型マウスに比べて顕著に網膜内層の菲薄化を示し、多局所網電図による視覚応答が顕著に減弱していた。以上の結果より、AstroKOマウスは正常眼圧緑内障様の症状を示すことが明らかになった。

ABCA1欠損<Grin3a発現減少<過剰な神経興奮と興奮毒性<神経細胞死

さらに、分子メカニズムを明らかにするため、研究チームは1細胞RNAシークエンスによる解析を行った。その結果、ケモカインと呼ばれる分子がRGCとアストロサイトで共通して変化することを見出した。網膜内での発現を見てみると、例えば、CXCL12 (CXCR4を活性化するケモカイン)がアストロサイトに発現し、それがAstroKOマウスでは顕著に増加していた。一方、RGCの詳細な解析から、特定の細胞集団が特に傷害を受けやすいことを発見した。RGCは、1細胞解析から2つの亜集団に分類できた。興味深いことに、ABCA1を欠損するとRGC-1と名付けた亜集団のみが特異的に減少することがわかった。RGC-1の遺伝子発現変化を詳細に解析すると、イオンチャネル型グルタミン酸受容体サブユニットの1つであるGrin3a(NR3Aをコードする遺伝子)の発現がABCA1欠損で大きく減少していた。NR3Aはグルタミン酸による神経興奮を抑制するため、その発現低下は過剰な神経興奮と興奮毒性による神経細胞死をもたらすものと考えられた。

今回の結果は、世界で初めて網膜や視神経に存在するアストロサイトが緑内障、特に正常眼圧緑内障の発症の原因となる可能性を実験的に示したもの。「これまで、眼圧を下げる治療薬に注目が集まっていたが、新しい治療標的としてアストロサイトを見出すことができた。今後、アストロサイトの機能を制御する新たな緑内障治療薬の開発が期待される」と、研究グループは述べている。

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