ALS気管切開下での人工呼吸器導入率、日本は高く、米・英は低い
大阪大学は6月26日、筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis:ALS)の患者に対する「気管切開下侵襲的人工呼吸器治療(Tracheostomy Invasive ventilation:TIV)」をめぐる医師の態度が、日本・米国・英国で大きく異なることを発表した。この研究は、同大学大学院医学系研究科の林令奈助教(医の倫理と公共政策学)とオックスフォード大学上廣オックスフォード研究所のドミニク・ウィルキンソン教授の研究グループによるもの。研究成果は、「American Journal of Bioethics Empirical Bioethics」オンライン版に掲載されている。

ALSは、全身の筋肉が徐々に動かなくなっていく病気で、進行すると自分で呼吸することも難しくなる。そのような状態になったとき「気管切開下侵襲的人工呼吸器治療(TIV)」と呼ばれる治療が選択肢のひとつとなる。喉に穴をあけてチューブを入れ、機械で呼吸を助ける方法だ。
しかし、このTIVを導入しているALS患者の割合は国によって大きく異なっている。日本では世界的にみてもTIVを導入する患者の割合が27~45%と高めであるが、米国や英国では1~15%と低い傾向にある。この割合に差が見られる理由としては、医療経済的な要素、患者団体の推奨、人工呼吸器治療の中止ができるかできないかの法律的、倫理的な問題などが推察されている。
これまで、このような違いがなぜ起こるのかについて、「医師の態度」「医療制度や文化の違い」などの視点から、3か国を比較した研究はほとんどなかった。今回の研究ではこのような背景に注目し、医師の考え方や態度の違いを丁寧に比較・分析した。
国際差のカギは「医学的妥当性」と「文化的規範」
今回の研究では、日本、米国、英国の医師、合計12人を対象に、ALS患者にTIVを導入するかどうかという意思決定の過程について、半構造化インタビュー(ある程度決まった質問を用いつつ、自由に話を聞く方法)を行った。3つの仮想事例(ALS患者のケース)を提示することで、「TIVの医学的妥当性と医療資源としての位置付け」および「医師の態度と文化的規範」といった2つの大きなテーマが明らかになった。
「TIVの医学的妥当性と医療資源としての位置付け」については、TIVは医療技術的には可能な治療であるが、患者自身にとっても、家族や介護者にとっても大きな負担がかかる。そのため多くの医師が「望ましい治療とはいえない」と考えていた。またTIVは、医療資源を多く使う治療であり、また限られた医療資源としての性質も考えると導入をすることが難しい治療選択肢であることが指摘された。
「医師の態度と文化的規範」については、米国と英国の参加医師たちは「患者の自律(自分で決める権利)」を重要と考えており、患者が治療を拒否する権利も明確に保証されていると話した。英国の医師の間では、医療制度上TIVは実現が困難な治療でもあることや、イギリス人にはTIVを装着した生活を望む人が少ないという現実もあり、TIVを治療選択肢として提示しないこともあった。米国の参加医師は、中立的にTIVを治療選択肢として説明したが、実際に治療が受けられるかどうかは、患者が入っている医療保険の内容によって決まると話した。日本の参加医師たちは、患者の自律を尊重しつつも、TIVを始めた後にやめることが法律的に難しいという事情を踏まえ、導入にはとても慎重であった。また日本では、医師や家族の意向が患者の選択に強く影響する傾向にあった。
患者の意思尊重と医療資源の公平性をどう両立するかが課題
今回の研究により、ALSに対する治療選択が国によってどれだけ異なっているかが明らかになった。特に日本では、TIVを中止することにはいまだに議論があり、患者の治療を拒否する権利に法的な保証もないことから、一度TIVを導入すると患者が望んでも中止することが難しいという問題がある。これは患者の「自分で決める権利」が十分に守られていない可能性があり、今後は患者の意向を尊重できるような法制度やガイドラインなどの必要性を示唆している。また、TIVは多くの医療資源を必要とする治療であるため、限られた医療資源をどのように配分するべきか(配分的正義)という課題にも関係している。「この研究は医療だけではなく、社会全体で「個人の権利」と「公共の利益」をどう両立させるかという問題に向き合うための重要な一歩になる」と、研究グループは述べている。
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・大阪大学 ResOU


