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「睡眠学習」が生じる条件の理論的予測に成功、シナプス結合がカギ-東大ほか

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2025年06月25日 AM09:20

睡眠中と覚醒中におけるシナプス結合の変化に関する知見は限定的だった

科学技術振興機構(JST)は6月13日、睡眠時の大脳皮質における神経シナプス結合の強さがシナプス学習則と睡眠時の神経活動量に依存して変化することを示し、「睡眠学習」が生じ得る条件を理論的に予測できることを明らかにしたと発表した。この研究は、東京大学大学院医学系研究科 機能生物学専攻 システムズ薬理学分野の上田泰己教授(理化学研究所 生命機能科学研究センター 合成生物学研究チーム チームリーダー兼任(当時)、久留米大学特別招聘教授 兼任)、大出晃士講師、大阪大学 大学院医学系研究科 博士課程 木下福章氏(当時)と久留米大学 分子生命科学研究所 山田陸裕准教授らの研究グループが、JST戦略的創造研究推進事業 総括実施型研究(ERATO)において行ったもの。研究成果は、「PLOS Biology」オンライン版に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

大脳皮質は多数の神経細胞がシナプス結合を介したネットワークを形成しており、このネットワークが情報処理や思考・行動を可能にしているが、睡眠中と覚醒中におけるシナプス結合の変化に関する知見は限られていた。

これまで、大脳皮質神経のシナプス結合の強さは覚醒時に強化され、睡眠時に減弱するというシナプス恒常性仮説(SHY)が提唱されていたが、動物細胞を用いた従来の実験では観察できる神経細胞数に限りがあるため、睡眠時にシナプス結合が一様に弱くなるのか、それとも強くなるのか、これまでは統一的な見解が得られていなかった。

睡眠・覚醒時の神経活動におけるシナプス結合の変化を予測するシミュレーションを生成

一般的に、神経集団は睡眠時に互いに同じタイミングで発火(同期)し、覚醒時には別々に発火(脱同期)する傾向を示す。研究グループはまず、1個の神経細胞(ポストニューロン)に10個の神経細胞(プレニューロン)が結合したシンプルな神経ネットワークを想定し、過去に取得された実測データを基に、睡眠時と覚醒時の神経集団の活動をシミュレーションにより生成した。これにより、睡眠・覚醒時の神経活動におけるシナプス結合の変化を予測することが可能となった。

睡発火頻度が等しい条件下では、覚醒時より睡眠時にシナプス結合がより強化される

あるシナプス学習則においては、2つの神経細胞間のシナプス結合の強さの変化率はプレニューロンとポストニューロンにおける発火のタイミングによって決定される。研究グループは生体におけるニューロンを模倣した数理モデルで、シナプス学習則を8つのパラメーターを含んだ数式で表し、各シナプス学習則において1,000通りのパラメーターの組み合わせを生成した。

神経細胞同士の結合の強さは神経ネットワークモデルのシミュレーションから予測できるが、結合させる神経細胞の数が多いほど、また、数式が複雑になるほどコンピュータの処理能力と計算時間が必要になる。また、シナプス結合の強さが変化する境界条件を求めるには、神経細胞の活動やシナプス学習則を規定するパラメーターを少しずつ変化させてシミュレーションを行う必要があり、さらなる処理能力と時間が必要になる。そこで、GPU汎用計算を用いて計算を効率よく並列化することで、1,000通りのシナプス学習則と数百の睡眠・覚醒時の神経活動におけるシナプス結合の時間変化を計算した。

その結果、睡眠時と覚醒時の発火頻度が等しく、ヘッブ則とスパイクタイミング依存可塑性(STDP則)というシナプス学習則が成り立つ場合には、覚醒時より睡眠時の神経活動でよりシナプス結合が強化されることが判明した。このとき、睡眠時におけるシナプス結合の強さが覚醒時よりも相対的に大きくなるため、研究グループはこの傾向を「WISE」(Wake Inhibition and Sleep Excitation、覚醒時に抑制され睡眠時に強化される)と呼ぶことにした。反対に、ヘッブ則とSTDP則の逆であるアンチヘッブ則やアンチSTDP則では睡眠時と比較して、覚醒時にシナプス結合が強化され、以前から提唱されているシナプス恒常性仮説が成り立つことを示した。

また、睡眠時に比べて覚醒時の発火頻度が大きい場合は、ヘッブ則とSTDP則でも覚醒時に見られる神経活動でよりシナプス結合が強化され、シナプス恒常性仮説が成り立つことを示した。

シナプス学習則や神経活動量が異なると、睡眠時シナプス結合の変化傾向も異なる可能性

これらの結果は、シナプス学習則や神経活動量が異なれば睡眠時のシナプス結合の変化の傾向も異なることを示している。これまで睡眠時におけるシナプス結合の変化は、実験によって強化されるまたは減弱するという矛盾した結果が見られていたが、その理由を説明することが可能だ。

また、いくつかの実験結果から、睡眠・覚醒における脳機能を説明できる。ヘッブ則やSTDP則で睡眠時の神経活動においてシナプス結合が強化されやすいことは、睡眠時における学習や記憶の固定を反映している可能性がある。さらに、STDP則で比較的低頻度の覚醒時の神経活動ではシナプス結合が減弱することが示唆されるが、これは覚醒が長く続けばシナプス結合が弱くなり、神経細胞間での情報伝達の効率が落ち、頭の回転が遅くなることと関係していると考えられる。

睡眠が記憶や学習に及ぼす影響や、睡眠障害を伴う脳疾患のメカニズム解明へ

「今回の大規模シミュレーションの結果は、睡眠時にシナプス結合が強くなる「睡眠学習」が生じる条件を理論的に予測できることを示しており、睡眠が記憶や学習に及ぼす影響をより深く理解することにつながる。睡眠がシナプス結合を強化することや、覚醒が長く続くとシナプス結合が減弱することが示唆されたことにより、うつ病など睡眠・覚醒時のシナプス結合の異常が報告されている精神疾患の病態が説明され、新規治療法につながる可能性がある」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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