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水分摂取を抑制する脳内機構を解明-東工大ほか

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2020年11月12日 AM11:30

CCKがどこで産生され、どのようにSFOの水ニューロンの活動が制御されているのか?

東京工業大学は11月10日、脳内の脳弓下器官(SFO)においてコレシストキニン(CCK)を分泌する神経細胞(CCK作動性ニューロン、以下CCKニューロン)を同定し、このCCKニューロンが活性化することで飲水行動が抑制されることを初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大科学技術創成研究院生体恒常性研究ユニットの松田隆志特任助教、野田昌晴特任教授らの研究グループによるもの。研究成果は、英国の科学誌「Nature Communications」に掲載されている。

ヒトを含む脊椎動物において、体液のナトリウムイオン(Na+)濃度は約145mMに保持されており、体液恒常性と呼ばれている。体液恒常性は生命維持にとって必須であり、飲水行動を適切に制御することは非常に重要である。口渇感の異常からくる水分摂取の過度な抑制は高ナトリウム血症を、また過剰な水分摂取は低ナトリウム血症や水中毒を引き起こし、脳を含む多くの臓器に致命的な障害を発生させる。最近、脳において飲水行動の誘発に関わる神経細胞の存在や神経回路が明らかになった一方で、飲水行動を抑制するメカニズムについては明らかになっていなかった。

脱水状態や塩欠乏状態(あるいは多量の失血状態)になると血中のアンジオテンシンII(AngII)濃度が増加し、水分摂取および塩分摂取行動を誘導することが知られている。研究グループは先行研究により、SFOにある水ニューロンが飲水行動を、塩ニューロンが塩分摂取を誘導することを明らかにしている。

また、水分摂取が積極的に抑制される生理的条件下(体液のNa+濃度が低下した状態)においては、CCKに応答して活性化するSFO内の抑制性神経細胞(GABAニューロン)によって、水ニューロンの活動が抑制されていることを見出していた。しかし、CCKがどこで産生され、どういったメカニズムでSFOの水ニューロンの活動が制御されているのか、その詳細は明らかになっていなかった。


画像はリリースより

SFO内で水分摂取を抑制するCCKニューロンをマウスで同定

まず、体液のNa+欠乏状態においてSFO内で増加するCCKがどこで産生されているのか検討することを目的に、マウスにおいて血中およびSFOにおけるCCK量を測定。その結果、体液のNa+欠乏状態において、血中のCCK量は通常時と比べて変化していないにもかかわらず、SFO内のCCK量は9倍程度増加していた。また、SFO内でCCK遺伝子の発現(mRNA)が上昇することもわかった。

次に、CCKを分泌する細胞を可視化するために、CCKを発現する細胞内でCreリコンビナーゼを発現する遺伝子改変マウス(CCK-Creマウス)のSFOにCre依存的に蛍光タンパク質mCherryを発現する高頻度逆行性ウイルスベクター(HiRet-DIO-mCherry)を注入した。このウイルスベクターは神経終末から感染し、細胞体でCre依存的なmCherryを発現させることから、SFOに投射しているCCKニューロンを網羅的に可視化することが可能となる。

その結果、SFO内においてmCherryを発現したニューロンを多く確認。また、これらのニューロンは、体液のNa+欠乏状態において、神経活動の活性化を示すFosタンパク質を発現していた。一方、その他の神経核(外側腕傍核:LPBN)などでもmCherryを発現した神経細胞が認められたが、その数はごく少数であり、かつ、体液のNa+欠乏状態においてFosタンパク質を発現していないことがわかったという。このように、SFO内においてmCherryを発現しているニューロンが、水分摂取の抑制に関与するCCKニューロンであることが明らかになった。

CCKニューロンの活性化が飲水行動を抑制

続いて、SFOのCCKニューロンがどのような生理的条件下で活動するのか知るために、CCK-Creマウスを用いてSFOのCCKニューロン特異的に、カルシウムセンサーであるGCaMP6fを発現させ、単細胞レベルで神経活動を測定。様々な生理条件下において、複数のCCKニューロンの活動を比較した結果、多くのCCKニューロンの活動は体液のNa+欠乏状態において持続的に活性化していた。

このグループのCCKニューロン(グループ1)は、水分摂取によっては活動が低下することはないが、塩分を摂取すると10~20分後にはその神経活動が抑制されていくことが判明。さらに、水分摂取に応答して、ただちに一過性に活性化する別のCCKニューロンの集団(グループ2)があることが明らかになった。

さらに、光遺伝学を用いて、SFOのCCKニューロンの活動を人為的に活性化もしくは抑制。その結果、CCKニューロンの活動を活性化すると、脱水状態において水分摂取量が減少したという。一方、体液のNa+欠乏状態においてCCKニューロンの活動を抑制すると、飲水行動が誘導されることがわかった。これらの結果は、CCKニューロンの活性化が飲水行動を抑制していることを示している。

口渇感の異常により誘発される疾患の治療法開発などに期待

Na+欠乏状態および脱水状態のどちらにおいても、血中のAngII濃度は増加する。AngIIはSFOの水ニューロンを活性化し、水分摂取を促す方向に作用する。しかし、体液のNa+濃度が低下している状態では、グループ1のCCKニューロンが活性化し、CCKを介してGABAニューロン(抑制性ニューロン)が活性化され、水ニューロンの活動は持続的に抑制されている。

一方、脱水状態では、水ニューロンは活性化状態にあり飲水行動が誘導されているが、水を飲むと咽頭や消化管からのフィードバックシグナルが、グループ2の別のCCKニューロン集団に伝達される。その結果、分泌されたCCKによって異なるGABAニューロンが活性化され、水ニューロンの活動は一過性に抑制される。

今回の飲水行動を制御する脳内機構の解明は、神経科学における学術的価値だけでなく、口渇感の異常により誘発される疾患の治療や予防法の確立にも貢献するものと期待される、と研究グループは述べている。

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