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トリネガ乳がん患者の予後・応答薬剤予測、数学の知識不要な手法を開発-阪大

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2022年03月18日 AM10:45

個々のがん患者の多様な遺伝子情報に基づいた新たな分類法の開発が急務

大阪大学は3月11日、イン・シリコの患者固有モデル(patient-specific model)の構築手法を開発・公開し、臨床の遺伝子発現データからトリプルネガティブ乳がんにおける個々の患者の予後と応答薬剤の予測に成功したと発表した。この研究は、同大大学院理学研究科の井元宏明氏、山城紗和氏を中心に、同蛋白質研究所細胞システム研究室の岡田眞里子教授らの研究グループが行ったもの。研究成果は、「iScience」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

生命科学分野では、細胞や組織の遺伝子発現や変異情報などのさまざまなデータが公共データベースに蓄積され、基礎・応用研究に利用されるようになった。特に創薬研究においては、コスト、スピード、倫理面からも、このようなデータの利活用が重要視されている。解析手法としては、統計や機械学習などの手法が広く知られている。これらの手法は基本的に莫大な数の均一なデータを必要とし、相関などに基づいた薬剤や遺伝子の分類には適するが、比較的少数のデータの解析や分子メカニズムなどの因果関係の予測は不得手なことから、新たな計算手法の開発が必要だった。

また、がん研究においては、従来のサブタイプ分類を超えた患者の遺伝子情報に基づく層別化や個別化治療へのニーズが近年高まっている。しかし、研究現場では培養細胞やモデル動物を用いた細胞や組織内の分子活性を指標とする実験主導の研究が中心で、ヒト研究への橋渡しには、多くのコストとステップを必要とした。そのため、遺伝子情報を用い、コンピュータ上で一人ひとりの患者をバーチャルに再構成する「患者固有モデル」に関する研究が世界中で進められるようになった。

しかし、遺伝子情報はあくまでもそのデータが取得された細胞や組織の一瞬の状態を捉えたもので、細胞などが置かれた生体環境における動的な振る舞いを反映していない。よって、このような患者固有モデル構築のためには、遺伝子情報に加え、患者の細胞本来の振る舞いを再現するための動的なパラメータが必要となる。そして、このパラメータの取得を行うためのパラメータ最適化には、本来、患者組織そのものから取得した細胞を培養し、多様な生育環境下で実験データを取得することが必要であり、この労力および技術的な困難さが患者固有モデルの開発のボトルネックとなっていた。また、患者固有の数理モデリングは、遺伝子発現データのみの入力から各患者の予後の予測や制御メカニズムを理解する上で強力なツールだが、モデルの構築や実装のためにはプログラミング技術やアルゴリズムなど、生命科学以外の専門的な知識や経験を必要とし、生物学や医学に関わる実験研究者が積極的に導入することを困難にしていた。

遺伝子発現データの入力で患者固有モデルを実行できる枠組みを開発

そこで研究グループは、臨床の遺伝子発現情報から患者固有モデルを構築し、新たながん患者の層別化と潜在的な薬剤標的を患者レベルで予測することを目指した。そして、複数の乳がん細胞株の遺伝子発現情報と実験データで学習したパラメータを数理モデルに導入し、がん患者の遺伝子発現データを入力することで患者固有モデルを実行できる枠組みを開発した。

トリネガ乳がんの予後を高精度に予測、有効な薬剤探索も可能

その結果、患者固有のシミュレーション結果に基づくトリプルネガティブ患者の分類は、これまでの静的な遺伝子発現情報のみに基づく分類と比較して、より明確に予後の良し悪しを予測できることが明らかになった。この結果は、患者固有モデルから得られる動的な情報が予後を予測するための新しいバイオマーカーとして利用できることを示唆している。

今回の研究で構築された数理モデルは、これまでの文献情報に基づいた実際の反応系を記述しており、単なるがん患者の分類にとどまらず、制御メカニズムを患者ごとに解析することも可能にする。各患者のモデルを解析した結果、予後の悪いトリプルネガティブの患者群においてEGFR阻害剤への感受性がより低いことが示唆され、がん細胞株の薬剤応答データを解析することで、この予測の妥当性を確認した。このように、イン・シリコ患者固有モデルは予後の予測のみならず、効果的な薬剤の探索にも使用できることが発見された。

生化学反応過程の説明文章を数理モデルに自動変換する「Text2Model」を開発

さらに研究グループは、数理モデルの構築を飛躍的に容易にするために、対象となる生化学反応過程の文章を数式へと自動変換し、実行可能な数理モデルを作成する新しいモデル構築手法である「Text2Model」を開発。この手法を用いることで、数式を経由することなく、またそれをプログラムすることなく数理モデルをダイレクトに構築することが可能になる。さらに、説明文の可読性が極めて高いことから、より幅広い生命科学・医療分野のコミュニティで数理モデルの共有・編集・利用が促進されることが期待される。

数学の知識がなくとも生物学の知識だけで簡単な数理モデルの構築が可能に

今回の研究により、公共データベースなどと患者の臨床検体から取得したRNAシーケンスデータが得られれば、実験をせずとも、直接、細胞シミュレーションにより、バーチャルに分子標的薬の効果を評価できる可能性が示された。がん領域ではシグナル伝達系を構成するキナーゼを対象とした分子標的薬が多く開発され、その有効性の高さから、現在も活発に開発が進められている。これまでの創薬研究では、樹立培養細胞や患者から取得したオルガノイドを用いた実験解析が主体だったが、樹立培養細胞では病態を正しく反映しておらず、オルガノイドに関してはその樹立に高度な技術を必要とすることが課題だった。今回開発した計算手法並びにシミュレーションとヒトの疾患ゲノム情報を組み合わせた手法を、遺伝子変異やエピゲノム情報などを含め、高度に発展することができれば、実験を行わなくとも、さまざまな公共データを組み合わせて研究者の目的に合わせた解析が可能となる。また、細胞の数理モデルそのものもデータベースに多数登録されていますが、モデルが存在しないシグナル伝達系においても同解析ツールを用いて、数理科学の背景の無い生命科学研究者でも、テキストから容易に数理モデルを構築し、イン・シリコ患者の解析が可能となる。

研究グループは、「本研究の発展は、創薬研究のスピードアップ、コストの削減、患者ごとに適した薬剤を選択する個別化医療において大きなブレークスルーとなることが期待される」と、述べている。

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