ヒト心外膜の再活性化により心筋組織を再生できる可能性
京都大学は7月14日、ヒトiPS細胞から成人型に近い「成熟心外膜」を効率的に創出する新技術を開発したと発表した。この研究は、同大iPS細胞研究所(CiRA)増殖分化機構研究部門のYu Tian 研究員、ルセナ-カカセ アントニオ特命助教(研究当時、現・大阪大学准教授)、吉田善紀准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」に掲載されている。

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心臓の最外層である心外膜は、その発生と再生において重要な役割を担っているが、生後にはその再生能力が失われ、健康な成人状態では休止期組織となる。しかし、現在のヒトiPS細胞を用いた心外膜細胞の分化プロトコルでは、得られる細胞は胎児段階の増殖状態に留まり、成人心外膜の成熟した機能や再活性化メカニズムをin vitroでモデル化する上で大きな障壁となっていた。
細胞の休止期導入は成人組織の恒常性維持に不可欠なメカニズムであり、mTORシグナル伝達経路がその制御に重要な役割を果たすことは他の細胞種で示唆されている。また、in vivoでの心臓発生過程においてmTORシグナルが低下することが知られており、これが心臓の機能的成熟と関連すると考えられていた。しかし、ヒト心外膜の活性化および不活性化におけるmTORシグナル伝達の具体的な役割は十分に解明されていなかった。今回の研究は、成人期における心外膜の休止期導入と再生能力喪失を制御する分子メカニズムを特定することに焦点を当て、この未解明な課題の解明を目指した。
mTORシグナル抑制で成熟心外膜を作製、不可欠な転写因子等も特定
今回の研究では、iPS細胞から分化させた心外膜細胞(hiPSC-epi)を、mTOR経路の二重阻害剤であるTorin1で処理した。処理後に胎児性心外膜のマーカーであるWT1の発現は低下した。一方、上皮細胞で見られるタイトジャンクションのマーカーであるZO-1の発現は維持されていた。これらのことから、mTORシグナルを抑制により、成熟した心外膜を作製できることが確認された。
次に、iPS細胞由来の心外膜細胞を、mTOR複合体1(mTORC1)のみを阻害するRapamycin、またはmTORC1とmTOR複合体2(mTORC2)の両方を阻害するTorin1で処理し、細胞の増殖(MKI67の発現)を調べた。その結果、Rapamycinでは細胞の増殖を抑えることができなかった。これにより、心外膜の休止期状態への移行とそれに続く成熟プロセスには、mTOR複合体2(mTORC2)が重要な役割を果たすことが明らかになった。さらに、トランスクリプトーム解析などにより、Torin1処理により発現が変動する転写因子のうち、特にMAFFとYBX3という2つの転写因子が、mTORC2依存的に心外膜の休止期導入と成熟を促進する上で不可欠であることを特定した。
休止期の心外膜と成熟した心筋細胞を持つ成熟心臓オルガノイドも作製
iPSC由来の多細胞からなる心臓オルガノイドをTorin1で処理したところ、胎児型心外膜マーカーであるWT1の発現を低下させ、成体型心筋トロポニンタンパク質(TNNI3)の発現を増加させるとともに、上皮間葉転換(EMT)活性マーカーのSNAI1を抑制した。一方、シングルセルシーケンス解析では、Torin1処理した心臓オルガノイドにおいては、内皮細胞クラスターの出現が確認され、さらに立体構造内において成熟した心外膜細胞および心筋細胞が存在することが裏付けられた。これらの結果から、Torin1処理は、より成体に近い血管構造を有する心臓オルガノイドの形成を促進する効果があることが示された。
心外膜再活性化促進化合物をハイスループットスクリーニング、GSK3α/β阻害剤を同定
Torin1誘導によって得られた成熟した心外膜モデルは、心外膜の再活性化を促進する化合物を同定するための創薬スクリーニングプラットフォームとして活用することが期待できる。それを検証するため、1,600種類の化合物ライブラリーを用いたハイスループットスクリーニングを行った。それぞれの再活性化効果は、MKI67(増殖マーカー)の発現レベルにより評価を行った。ヒット化合物に対するパスウェイ濃縮解析により、GSK3α/β阻害剤が主要なパスウェイの1つとして同定された。
これらの結果は、成熟したiPS細胞由来心外膜モデルの前臨床応用の可能性を支持するとともに、再生医療を目的とした臨床応用に向けたハイスループット創薬に応用可能な細胞プラットフォームを確立するものである。
心臓病の治療戦略開発や心臓再生医療に新たな可能性
今回の研究により、mTORシグナル伝達の抑制を介してヒトiPS細胞から機能的な成人型心外膜を効率的に生成する画期的な手法が確立された。この手法により、成人心外膜の休止期状態と成熟を制御するmTOR複合体2(mTORC2)や転写因子MAFF、YBX3といった重要な分子メカニズムが解明された。さらに、成熟心外膜が心筋細胞の成熟を促進するパラクリン効果を持つこと、また心外膜の増殖を再活性化するGSK3α/β阻害剤を同定できる薬剤スクリーニングプラットフォームとしても有用であることが示された。「これらの結果は、心臓再生医療を目指した研究を前進させるものであり、心臓病の新たな治療戦略開発や再生医療に貢献すると考えられる」と、研究グループは述べている。
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・京都大学・iPS細胞研究所(CiRA) プレスリリース


