どのようなメッセージが高齢者の社会参加活動を促すのかは不明だった
東京都健康長寿医療センターは7月9日、行動経済学に基づく「ナッジ」の手法を用いて、高齢者の社会参加意欲を高める効果的なメッセージを検証し、その結果を発表した。この研究は、同センター研究所の村山洋史研究副部長らの研究グループによるもの。研究成果は、「BMC Public Health」に掲載されている。

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高齢期の健康長寿を支える柱として「社会参加」が注目されている。その中でも地域活動への参加(以下、社会参加活動)は、孤立の予防や心身の健康維持に寄与することから、近年ますます重要性が高まっている。しかし、「きっかけがない」「時間がない」「人間関係が面倒」などの理由で、多くの高齢者が活動参加への第一歩を踏み出せずにいる。一方で、参加を促す方法は、例えば「社会参加活動は健康づくり・いきがいづくりにつながります」といった社会参加活動の好影響を周知するパンフレット作成程度にとどまっている。
このような現状のもと、研究グループは、行動経済学に基づくナッジに着目した。ナッジとは、ヒトの行動を自然に後押しするアプローチであり、これまでに健診(検診)受診や食生活の改善といった望ましい健康行動を促す手法として効果が示されている。
さらに今回、ナッジの手法の一つである「メッセージフレーミング」(情報の見せ方の工夫)を応用し、「どのようなメッセージが高齢者の社会参加活動を促すのか」を観察研究によって明らかにすることを目的とした。
社会参加活動を行っていない人に対しては「個人損失メッセージ」が最も効果的
研究では、地域活動参加を促すメッセージが参加への態度や意欲にどう関連するかを検証した。対象は、新潟県十日町市と山形県川西町に住む65歳以上の高齢者1,524人。対象者を4つのグループにランダムに割り振り、社会参加活動に関する異なるメッセージを読んでもらった上で、参加への態度や意欲を尋ねた。
メッセージは「個人利得メッセージ(あなたが社会参加活動をすることで、やりたい事が継続でき、自己負担の医療介護費が抑制される)」「個人損失メッセージ(あなたが社会参加活動をしなければ、やりたい事を諦めることになり、自己負担の医療介護費が高くつく)」「地域利得メッセージ(あなたが社会参加活動をすることで、地区に住む人同士のつながりや絆が強まり、皆が元気に安心して住み続けられる)」「対照群(メッセージなし)」の4種類。
対象者の中で、社会参加活動を行っている者といない者は半数ずつだった。注目すべきは、社会参加活動を行っていない者に関する分析だ。3つのメッセージのうち、個人損失メッセージ群は対照群に比べ、社会参加活動への関心1.96倍、社会参加活動の開始意向1.74倍、社会参加活動への印象1.56倍高いという結果だった。個人利得メッセージも関心の高さと関連していたが、個人損失メッセージに比べると、その関連は弱いものであった。
すでに社会参加活動をしている人に対しては、どのメッセージも大きな違いなし
一方で、すでに社会参加活動をしている人に対しては、どのメッセージも大きな違いはなかった。すでに行動している人は高い意欲を持っているため、効果が出にくかった可能性がある。
損失回避バイアスと深く関連、効果的なメッセージ設計に重要な知見
同研究は、「社会参加を促すにはどのようなメッセージが効果的か」という実践的課題に、エビデンスをもって答えた国内初の大規模研究だ。特に、社会参加活動をしていない人に対しては、「参加しないことのリスク(=損失)」を強調したメッセージが、関心や行動意欲の向上に有効であることを示している。これは、ヒトが持つ「損失回避バイアス」と呼ばれる認知バイアスと深く関係している。ヒトは、何かを得たときの喜びよりも、同じ価値のものを失ったときの苦痛を2~3倍強く感じる傾向があると言われている。社会参加活動をしないことによる損失に訴求したメッセージによって、関心、意欲、印象が強く刺激された可能性がある。
「メッセージフレーミングは、制作コストが極めて低く、広く展開しやすいという利点がある。今後、国や自治体等が行う広報活動や介護予防事業などにおいて、効果的なメッセージの設計が求められる中で、非常に重要な知見となる。なお、今回の知見を用いた無作為化比較試験による大規模介入研究(損失に訴求したパンフレットを読んでもらうと、本当に社会参加活動に参加するようになるのかを検証する実験)も実施しており、近く結果を公表予定だ」と、研究グループは述べている。
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・東京都健康長寿医療センター研究所 プレスリリース


