医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > オリーブ油に富む地中海食が血管に良い影響を及ぼす分子機序の一端を解明-東大ほか

オリーブ油に富む地中海食が血管に良い影響を及ぼす分子機序の一端を解明-東大ほか

読了時間:約 3分54秒
このエントリーをはてなブックマークに追加
2020年07月09日 PM12:30

大動脈解離の治療方策は手術のみ、不飽和脂肪酸は予防に関連するのか?

東京大学は7月8日、脂質を代謝する酵素群の生体内機能に関する研究から、血管内皮細胞から分泌される脂質分解酵素が大動脈の健康を維持する脂肪酸(オリーブ油の主成分であるオレイン酸)を作り出し、大動脈解離を防ぐ役割を持つことを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の村上誠教授、山梨大学医学部呼吸器循環器内科の久木山清貴教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Biological Chemistry」にオンライン掲載され、特に優れた論文に与えられる「Editors’Picks」に選ばれた。


画像はリリースより

大動脈解離は大動脈壁の中膜が突然破断することで発症する疾患で、日本を含む先進諸国で発症が急増している。中高年者の突然死の原因となることから社会的影響も大きく、中でも全体の6割以上を占める胸部上行大動脈解離は特に予後不良で、院内死亡率は30%を超え、加えて病院到着前死亡が相当数存在すると推定される。臨床的には、血圧上昇物質であるアンジオテンシンII(AT-II)が大動脈解離の主要因の1つとされており、これまでにAT-IIを用いた複数のマウス大動脈解離モデルを用いた研究が試みられてきた。これらの多くは動脈硬化モデルマウスにAT-IIを投与する系が利用されているが、臨床的に大動脈解離は必ずしも動脈硬化と関連しているわけではなく、またヒトとは異なり腹部大動脈に解離を発症する点で、最適なモデルとはいえない。病変部位における細胞外マトリックスの脆弱性が大動脈解離発症の一因と考えられているが、ヒトの臨床病態を反映した胸部上行大動脈解離を発症する簡便な動物モデルが存在しないため、発症機序はほとんど解明されておらず、それゆえに疾患の治療方策は手術以外に皆無だった。解離発症後の外科的治療には限界があることから、発症予測および内科的治療・予防法の開発が望まれている。

疫学的に、不飽和脂肪酸の一種であるオレイン酸を主成分とするオリーブ油を豊富に含む地中海食が動脈疾患の予防に役立つと言われているが、その分子基盤は不明だった。栄養素として摂取された脂肪酸は細胞膜を構成するリン脂質に取り込まれ、必要時にリン脂質分解酵素ホスホリパーゼA2(PLA2)の作用によりリン脂質から遊離される。これまでに、PLA2により遊離された脂肪酸代謝物が動脈硬化や心筋梗塞などの循環器疾患に関わることが報告されていたが、大動脈解離との関連についての知見はなかった。

<不飽和脂肪酸遊離<LOX発現<細胞外マトリックス架橋<動脈壁安定化

今回、研究グループはまず、マウス大動脈におけるsPLA2分子群の発現を網羅的に解析。その結果、sPLA2-Vが大動脈の血管内皮細胞に構成的に高発現しており、血管内腔表面に結合していることを見出した。全身性及び血管内皮細胞特異的にsPLA2-Vを欠損させたマウスにAT-IIを投与すると、わずか数日のうちに胸部上行大動脈解離を高率に発症した。この現象は他のsPLA2分子種の欠損マウスでは観察されず、sPLA2-V欠損マウスに特有の表現型だった。sPLA2-V欠損マウスの胸部上行大動脈では、炎症関連遺伝子の発現には変化がなかったが、AT-II刺激によるリジルオキシダーゼ(;細胞外マトリックスの主成分であるコラーゲンやエラスチンを架橋する酵素)の発現誘導が野生型マウスと比べて有意に低下していた。そこで、sPLA2V欠損マウスの胸部上行大動脈において変動している遊離脂肪酸を脂質の網羅分析(リピドミクス)により探索した結果、これまでに報告のある同酵素の基質特異性と合致して、リン脂質からのオレイン酸とリノール酸の遊離が野生型マウスと比べて減少していた。

細胞外マトリックスの構築を促進する因子として、TGF-β1が知られている。培養系において、血管内皮細胞をAT-IIで刺激するとTGF-β1の発現が亢進し、TGF-β1は血管平滑筋細胞にLOXの発現を誘導した。このLOXの発現誘導は、血管内皮細胞のsPLA2-Vを人為的にノックダウン(発現抑制)するか、またはsPLA2阻害剤を添加することにより消失し、ここにオレイン酸またはリノール酸を補充するとLOXの発現が回復した。分子機序として、これらの不飽和脂肪酸はTGF-β1による小胞体ストレスを抑制することで、LOXの発現を増強することが判明した。すなわち、LOXの発現は転写因子GATA3により負に制御されており、TGF-β1刺激により小胞体ストレスが生じるとGATA3の発現が亢進し、LOXの発現が低下。オレイン酸やリノール酸は小胞体ストレスを緩和することでGATA3の発現を抑え、結果的にLOXの発現を上昇させる。

さらに、sPLA2-V欠損マウスにオリーブ油含有食(高オレイン酸食)またはコーン油含有食(高リノール酸食)を与えると、大動脈において低下していたLOXの発現が正常レベルに戻り、大動脈解離の発症が完全に抑えられた。以上の結果から、血管内皮細胞のsPLA2-Vはオレイン酸やリノール酸の遊離を介してLOXの発現を増強し、細胞外マトリックスの架橋を高めることで、大動脈壁の脆弱化を防ぐ役割を持つことがわかった。

sPLA2-Vで脂肪酸遊離賦活化の戦略による大動脈解離の予防・治療法開発に期待

今回の研究は、不飽和脂肪酸(オレイン酸、リノール酸)の大動脈解離予防効果に新たな学術的理解を与えるとともに、大動脈壁の微小環境においてこれらの脂肪酸が内因的に動員されるメカニズムの一端を解明したもので、オリーブ油に富む地中海食が血管の健康に良い影響を及ぼす分子機序の一部を提供するもの。

sPLA2-V欠損マウスは、簡便な処置で高頻度に胸部上向大動脈解離を誘発できる世界初の心血管病モデルといえる。sPLA2-Vによる脂肪酸の遊離を賦活化する戦略は、大動脈解離の新規予防・治療法の開発につながることが期待される。例えば、血管内皮細胞のsPLA2-Vを抗体あるいは薬剤で安定化させる、遺伝子治療によりその発現を増強させる、食生活の改善や健康食品の摂取を通じて適量のオレイン酸やリノール酸を補充するなどの方策が将来の予防・治療構想として考えられる。また、血中のsPLA2-Vをモニタリングできる簡易診断法を開発することで、大動脈解離の発症を予測できる可能性がある。(QLifePro編集部)

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 脊髄損傷、HGF遺伝子発現制御による神経再生の仕組みを解明-藤田医科大ほか
  • 抗がん剤耐性の大腸がんにTEAD/TNF阻害剤が有効な可能性-東京医歯大ほか
  • 養育者の食事リテラシーが低いほど、子は朝食抜きの傾向-成育医療センターほか
  • 急速進行性糸球体腎炎による透析導入率、70歳以上で上昇傾向-新潟大
  • 大腿骨頭壊死症、骨粗しょう症薬が新規治療薬になる可能性-名大