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老化卵子の染色体数異常を防ぐ「人工動原体」、マウスで効果確認-理研

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2025年11月28日 AM09:00

不妊治療の課題の一つは、加齢に伴う卵子の染色体数異常

理化学研究所は11月4日、老化した卵子の染色体数異常を抑止する技術の開発に成功したと発表した。この研究は、同生命機能科学研究センター染色体分配研究チームのシュウ・エンタク大学院生リサーチ・アソシエイト、北島智也チームディレクターらの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Cell Biology」のオンライン版に掲載されている。


画像はリリースより
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卵子は、精子と受精することで次世代を生む細胞である。卵子や精子の染色体数が異常になると、両親から次世代に受け継がれる遺伝情報に過不足が生じ、受精後の胚発生に異常を来す。染色体数異常の胚の多くは着床までに失われ、着床したとしても流産する場合がほとんどだが、ダウン症など一部の先天性疾患の原因になる。

卵子は精子よりも染色体数異常になりやすく、卵子の染色体異常の頻度は母体の加齢とともに上昇し、平均すると33歳以上で50%を超える。このことは、高齢での不妊治療における最大の壁の一つになっており、少子化、晩婚化および高齢化が進行する現代社会において、加齢に伴う卵子の染色体数異常を抑止する技術の開発が求められている。

染色体数異常の主な原因は、染色体の早期分離

卵子の染色体数異常は、その前駆細胞である卵母細胞の減数分裂における染色体分配エラーによって起こる。研究グループはこれまで、自然老化マウスを研究モデルに用い、加齢に伴う卵母細胞の染色体分配エラーの原因を解明してきた。

若い卵母細胞では、染色体分配装置である紡錘体の微小管によって各染色体が両方向に引っ張られ、正しいタイミングで一斉に染色体が分離することで、正常な染色体分配が達成される。一方、老化した卵母細胞では、染色体の接着が弱まっており、紡錘体の微小管で引っ張られる力に耐えられず、早めのタイミングで分離する染色体が見られる(染色体の早期分離)。早期分離した染色体は、紡錘体の微小管と正しく再接続できず、染色体分配エラーに至る。つまり、染色体の早期分離が、加齢に伴う卵子の染色体数異常の主要な原因である。

タンパク質のみで作られた「人工動原体」を開発

研究グループは、染色体の早期分離を防止する技術を開発することで、加齢に伴う卵子の染色体数異常を抑止することができると考えた。開発の手がかりとなったのは、「人工動原体ビーズ」である。人工動原体ビーズは、抗GFP(緑色蛍光タンパク質)抗体が結合した磁気ビーズに、動原体タンパク質であるNDC80およびNUF2の2種類から成るタンパク質の二量体(NDC80-NUF2ヘテロ二量体)を結合させたもの。これまでに、老化マウス卵母細胞に人工動原体ビーズを注入すると、染色体の早期分離がわずかながら抑えられることを見いだしていた。人工動原体ビーズが染色体の早期分離を防ぐ機序は依然として明らかではなかったものの、この観察から人工動原体の改良が染色体の早期分離を効果的に防ぐ技術につながる可能性が示されていた。

今回の研究では、染色体の早期分離を抑える効果がより高い人工動原体の設計を目指した。先行研究で開発した人工動原体ビーズは、実際の染色体サイズに近い直径数μmのビーズを土台とし、そこに動原体タンパク質(NDC80-NUF2ヘテロ二量体)を集積させていた。しかし、用いたビーズは人工物であるため、生体への適合性として課題があった。そこで、人工動原体の土台としてタンパク質粒子を用い、卵母細胞内で大量に自己集合させることで、人工動原体の効果を増大させることを試みた。

マウス卵母細胞で、染色体と同様に機能することを確認

具体的には、人工動原体の材料となるタンパク質群のそれぞれをコードするメッセンジャーRNA(mRNA)を試験管内で合成し、それらを混合してマウス卵母細胞に顕微注入した。注入されたmRNAが卵母細胞で発現すると、自己集合するナノスケール(約40nm)のタンパク質粒子の表面に動原体タンパク質が集積した。さらに、粒子間の結合を促す薬剤を添加すると、サブマイクロスケールの人工動原体クラスタ(直径約500nm)が生成された。マウス卵母細胞内で大量に生成されたこれらの人工動原体クラスタは、染色体分配装置である紡錘体に取り込まれる能力を持っていた。

染色体は、紡錘体の両極から伸びた微小管と動原体で接続して両方向に引っ張られることにより、紡錘体の赤道面に整列する。染色体と同様に、今回生成した人工動原体クラスタは、紡錘体の両極から伸びた微小管と接続し、紡錘体の赤道面に整列した。このように機能的な人工動原体を、タンパク質のみを材料として組み立てることに成功したのは、世界で初めてである。

人工動原体が天然動原体と染色体の過剰な接続を抑制

次に、これらの人工動原体クラスタが、卵母細胞において染色体にどのような効果をもたらすのかを調べた。人工動原体クラスタを持つ卵母細胞では、染色体上の動原体(天然動原体)に接続する微小管の束(バンドル)が細くなっていた。このことは、人工動原体クラスタと天然動原体は微小管との結合に対して競合する関係にあり、人工動原体クラスタは染色体上の動原体から微小管バンドルを奪い取ることを示している。

実際に、人工動原体クラスタの微小管接続安定性をより高めると、染色体上の動原体に接続する微小管バンドルがさらに細くなり、染色体の整列が乱れることがわかった。そこで、人工動原体クラスタの微小管接続安定性を調整することで、染色体の整列を乱すことなく、染色体上の動原体に接続する微小管バンドルを細くする条件を見いだした。この条件において、人工動原体クラスタは、染色体の正常な整列に必要な微小管バンドルは残しながら、過剰な分だけ染色体から取り除いたと考えられる。

老化したマウス卵母細胞で染色体数異常の抑制に成功

この人工動原体クラスタは、老化に伴う卵子の染色体数異常の原因である、染色体の早期分離を抑止する効果を持つと期待できる。染色体の早期分離は、染色体が微小管によって引っ張られる力に耐えきれずに起こる現象であるため、人工動原体クラスタが存在すると、その力が分散されると予想された。

そこで、老化した雌マウスの卵母細胞に人工動原体クラスタを生成させたところ、染色体の早期分離が劇的に減少した。一方で、染色体の整列やその後の分配には影響は見られなかった。その結果、減数分裂を経て成熟した卵子では老化に伴う染色体数異常が抑えられ、正常な数の染色体を持った卵子の形成が促進された。このことから、人工動原体クラスタが微小管に対して「おとり」として機能し、染色体上の動原体を過剰な微小管接続から守ることで、染色体の早期分離を防ぎ、卵子の染色体数異常を抑止したと考えられた。

染色体数異常を防ぐ新たな技術、高齢出産のリスク低減に期待

今回の研究により、老化したマウスの卵母細胞で高頻度に見られる染色体数異常を抑止し、正常な数の染色体を持つ卵子の形成を促進する技術が実現した。この成果は、高齢女性の不妊や流産、ダウン症など胎児の先天性疾患のリスクを克服する生殖補助技術に向けた研究を促すことが期待される。

同研究については、まず、加齢に伴う卵子の染色体数異常を抑止できる技術を示したものの、それがその後の卵子の受精、さらには胚発生を通した正常性を担保するかはまだ示されていない点に留意する必要がある。この点については、さらなる研究が必要だが、設計した人工動原体クラスタは薬剤添加により生成・分解を誘導できる仕掛けを含んでいるため、受精や胚発生を妨げないように人工動原体クラスタを制御することに技術的障壁はないと考えられる。

また、今回の成果は老化マウスをモデルにしたものであり、ヒト卵子の染色体数異常を抑止できるかは確認されていない。ヒト卵子の染色体数異常の主要な原因には染色体の早期分離が含まれるが、他の原因も考えられる。ヒト卵子の染色体数異常の原因を多角的に理解するための研究が必要である。

生殖補助技術としての実用化には、医学的・倫理的な議論が必要

さらに、今回の研究では成長した卵母細胞(GV卵)を採卵し、そこに人工動原体クラスタを生成させ、卵子へと成熟させる培養(IVM培養)を行うことで、卵子の染色体数異常を抑止した。一方で、現在の不妊治療に用いられる生殖補助技術の標準的な手順は、成熟した卵子を直接採卵するものであり、IVM培養のステップを含んでいない。仮に、同研究で開発した戦略を生殖補助技術に応用するのであれば、GV卵を採卵してIVM培養するプロトコルを採用する必要がある。生殖補助技術において、IVM培養をより広く採用することへの議論が期待される。

「本研究において、老化した卵子における染色体数異常を抑止する戦略が示された。女性における生殖ライフスパンの限界を克服する技術へ向けたさらなる研究と、その技術を応用することへの医学的および倫理的な議論が広まることが期待される」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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