がん治療、既存薬剤の非選択性と副作用が課題
岡山大学は11月4日、光に反応して細胞内をアルカリ化させるタンパク質を利用し、マウス体内に存在するがん腫瘍を選択的に光で死滅させることに成功したと発表した。この研究は、同大学術研究院医歯薬学域(薬)の須藤雄気教授、小島慧一講師、大学院医歯薬学総合研究科博士課程4年(薬学系)の中尾新大学院生、学術研究院医歯薬学域(医)の冨樫庸介教授、大内淑代教授、佐藤恵太助教、同大病院(脳神経外科)の劒持直也医員らの研究グループよるもの。研究成果は、「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されている。

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がんは日本人の2人に1人がかかる病気で、長年にわたり死亡原因の第1位となっている。現在の治療法では、主にがん細胞を死滅させる薬剤が使われているが、多くの薬は狙ったがん細胞だけでなく周囲の正常な細胞にも作用してしまい、副作用が避けられないという課題がある。この副作用は患者の生活の質(QOL)を大きく低下させるため、副作用を抑えた新しい治療法の開発が望まれている。
光駆動プロトンポンプAR3による選択的細胞死誘導を検証
研究グループはこれまで、副作用の少ないがん治療法の基盤として、特定の細胞だけを光で選択的に死滅させる技術を開発してきた。具体的には、細胞内をアルカリ化する働きを持つ光感受性のタンパク質「アーキロドプシン3(AR3)」を動物の細胞に合成させ、光を照射することで狙った細胞でのみ自発的な細胞死(細胞の自死)が誘導されることを明らかにしている。
今回研究グループは、この技術をさらに発展させ、マウスの体内に存在するがん細胞を対象に「選択的に光で死滅させることが可能か」を検証した。
緑色光1時間照射で、腫瘍体積が7日目にほぼ消失
今回の研究は、大腸がんや悪性黒色腫由来のがん細胞に遺伝子を導入しAR3を合成させた後、マウスに移植して腫瘍を形成させた。腫瘍に1時間の緑色光を照射すると、がん細胞の自死が始まった。一方で、がんの増殖を抑える働きを持つ免疫細胞には光による毒性はほとんどなく、正常な働きが維持されることがわかった。さらに、光照射後の腫瘍の大きさを測定すると、腫瘍体積は徐々に減少し、光を照射してから7日目にはほとんど消失した。
この結果から、がん腫瘍に光を照射することで個々の細胞の自死が誘導され、腫瘍全体が効率的に死滅することが示された。すなわち、生きたマウスの体内に存在するがん腫瘍を光で選択的に死滅させることに成功した。
がん細胞のみを選択的に除去、新しい光がん治療法の実現に期待
今回開発された「光がん治療法」は、特定の細胞にだけ作用することが可能であり、将来的にはヒトのがんに応用することで、がん細胞のみを選択的に除去できる、副作用の少ない新しい光がん治療法の実現が期待される。
「がん治療にはがん細胞を死滅させる技術が不可欠だが、既存の方法だけでは治療の幅に限界がある。近年では、LEDやレーザーなどの光学技術の進展により、体内の特定部位にのみ光を照射することも可能になっており、光免疫療法など臨床で利用される光治療法も開発されている。今回示したマウスにおける「がん細胞を光で選択的に死滅させ、腫瘍を寛解させる手法」のヒトへの応用は、周囲の正常細胞への影響を抑えた新しいタイプのがん治療法へとつながるものとして期待される」と、研究グループは述べている。
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