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ヒト涙液油層の詳細な脂質組成を解明、ドライアイへの応用に期待-北大ほか

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2025年11月19日 AM09:00

ドライアイの多くはマイボーム腺の機能不全が原因

北海道大学は10月31日、ヒトの涙液油層を構成する脂質の詳細な組成の解明に成功したと発表した。この研究は、同大大学院薬学研究院の木原章雄教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

涙液は、外側の油層と内側の粘液層から構成されている。涙液油層を構成する脂質の大部分はまぶたに存在するマイボーム腺から、一部は他の組織(涙腺や角膜)から供給される。油層は、涙液の蒸発防止や表面張力の低下、涙液の適度な粘弾性の維持、角膜表面の潤滑化などに働く。

ドライアイは、涙液減少型ドライアイと蒸発亢進型ドライアイの二つに分類され、ドライアイ患者の多くは蒸発亢進型あるいは両者が合併している複合型である。蒸発亢進型ドライアイの最大の原因は、マイボーム腺機能不全とされる。マイボーム腺で産生される脂質(マイバム脂質)はまつ毛近傍に存在する開口部から放出されるが、マイボーム腺機能不全では開口部の詰まりやマイボーム腺の萎縮あるいは脱落が生じる。

マイボーム腺から分泌される「マイバム脂質」、ヒトでは詳細な組成は不明だった

マイバム脂質はさまざまな脂質クラスから構成され、これらにはコレステリルエステル、ワックスモノエステル、ワックスジエステル、O-アシル-ω-水酸化脂肪酸(OAHFA)、コレステリルOAHFAが含まれる。ワックスジエステルは構造の違いによりタイプ1と2に分けられ、さらにそれらは水酸基(-OH)の位置の違い(α位あるいはω位)によってα型(タイプ1αと2α)とω型(タイプ1ωと2ω)に分類される。これらのマイバム脂質には極性が低いという特徴がある。

一方、主に他の組織に由来すると思われる脂質としてホスファチジルコリンやスフィンゴミエリンがあり、これらはマイバム脂質よりも極性が高い。涙液油層において、極性の高い脂質は粘液層との境界面に存在し、外側に向かって極性が低くなるという配向性によって安定な涙液が形成されていると考えられているが、各クラスの脂質は単一の分子ではなく、炭素鎖長や二重結合の数が異なる多様な分子種を含んでいる。

これら多様なマイバム脂質を分離して高感度かつ高定量性で測定するためには、従来の液体クロマトグラフィー連結質量分析(LC-MS)では不十分であり、液体クロマトグラフィー連結タンデム質量分析(LC-MS/MS)の多重反応モニタリングモードによる解析が必要だった。しかし、この方法で測定されたマイバム脂質はごく一部であり、多くのマイバム脂質の詳細な組成は明らかになっていなかった。特に、ワックスジエステルは類似した構造のタイプを区別した分析が困難であったため、ヒトに存在するタイプすら不明だった。

20代の日本人7人の涙液およびマイバムの脂質組成をLC-MS/MSで分析

今回の研究では、ドライアイの自覚症状や目に関する疾患のない20代の男女7人の日本人の右目からサンプルを採取した。涙液はフェノールレッド綿糸を用いて採取し、マイバム脂質の採取にはセブテープを使用した。フェノールレッド綿糸とセブテープから抽出した脂質は、LC-MS/MSの多重反応モニタリングモードでコレステリルエステル、ワックスモノエステル、ワックスジエステル(タイプ1ω、タイプ2ω)、OAHFA、コレステリルOAHFA、ホスファチジルコリン、スフィンゴミエリンの8クラス、計770分子種を測定した。

マイバムで707分子種、涙液で696分子種の測定に成功

その結果、マイバム中に707分子種、涙液中に696分子種の測定に成功した。この分子種数はこれまで測定されたマイバム/涙液脂質としては最大数である。

例えば、脂肪酸、ω-水酸化脂肪酸、脂肪族アルコールの結合体であるタイプ1ωワックスジエステルのマイバムは、1)脂肪族アルコール部分をC16:0に固定+残りの部分(OAHFA)を変化、2)OAHFA部分をC50:2に固定+残りの脂肪族アルコール部分を変化、の2条件で測定し、前者では一価、二価、三価不飽和の主にC32からC50の炭素鎖長を持つ約70のOAHFA分子種、後者では飽和、一価不飽和の主にC16からC26の炭素鎖長を持つ約40の脂肪族アルコール分子種を検出した。

マイバム・涙液中には膨大な数の脂質分子種が存在する可能性

この測定条件では設定外の分子種は検出されないため、タイプ1ωワックスジエステル全体の存在数は不明だが、測定結果からOAHFA部分と脂肪族アルコールの組み合わせは最大で2,800種と推定された。さらに、OAHFA部分にも、脂肪酸とω-水酸化脂肪酸の異なる最大10通りの組み合わせが存在することから、タイプ1ωワックスジエステルの最大分子種数は2,800×10=2万8,000種と見積もられた。したがって、実際の存在数がこの10分の1であると仮定しても、約2,800種という膨大な数の分子種がマイバムおよび涙液中に存在すると考えられる。

一つの脂肪族ジオールと二つの脂肪酸の結合体であるタイプ2ωワックスジエステルについても同様の見積もりを行ったところ、最大数として2,160種という分子種数が算出された。

ヒトとマウスのマイバム脂質組成を比較、種差が明らかに

研究グループは、以前にマウスのマイバム脂質の組成を報告している。ヒトとマウスを比較したところ、両者のマイバム脂質組成は全体としてよく類似しているものの、いくつかの違いが明らかになった。

まず、マウスにはタイプ2αワックスジエステルが存在するが、ヒトには存在していなかった。2つ目に、ワックスモノエステル、タイプ2ωワックスジエステル、OAHFAを構成する脂肪酸は、マウスではC16:1が多いのに対して、ヒトではC18:1が多いという違いがみられた。3つ目に、タイプ1ωワックスジエステルに含まれるOAHFA部分はマウスでは長いC47~C50のみだったが、ヒトにはより短いC32~C34も存在した。

マイバム・涙液の脂質組成、今後はドライアイ患者で検討

同研究では、マイバムと涙液中の脂質の両方を測定し、それらの量や組成を比較することで涙液油層脂質の由来についても推測した。まず、それぞれの脂質クラスの分子種の組成はホスファチジルコリンを除いてマイバムと涙液でよく類似していた。また、それぞれの脂質クラスの存在比(マイバム/涙液)を算出すると、ホスファチジルコリンとスフィンゴミエリンの値は低く、それ以外の脂質の値が高いことが判明した。これらの結果から、涙液油層中の脂質のほとんどがマイバムに由来するが、ホスファチジルコリンのみは別の組織に由来することが示唆された。

「本研究では、ヒトのマイバムおよび涙液の詳細な脂質組成を明らかにした。今後、この測定法をドライアイ患者に適用して、ドライアイに特徴的なマイバム/涙液の脂質組成変化を明らかにすれば、ドライアイの診断や治療薬の開発につながることが期待される」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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