従来のART、胚培養士の習熟度のばらつきや労力に課題
慶應義塾大学は10月23日、生まれる可能性の高い受精卵を81.63%の精度で予測するAI開発に成功したと発表した。この研究は、同大大学院理工学研究科博士課程2年の金澤帝知氏、同大理工学部生命情報学科の舟橋啓教授、同大先端科学技術研究センターの徳岡雄大研究員、近畿大学大学院生物理工学研究科博士前期課程2年の竹下空良氏、同2年の末永遼氏、同大生物理工学部遺伝子工学科の山縣一夫教授、扶桑薬品工業株式会社の八尾竜馬研究員と平井樹研究員らの研究グループによるもの。研究成果は、「Computers in Biology and Medicine」に掲載されている。

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不妊症は世界的な社会問題であり、適齢期カップルの8~12%が罹患している。不妊治療の一つに体外受精をはじめとした生殖補助医療技術(ART)がある。ARTでは体外に取り出した卵子・精子を培養液中で受精させ、数日間の培養後、その中から発生良好の胚を1つ選んで子宮に移植する。しかし、2023年時点でのARTによる出生率は14.6%と低い水準にある(日本産科婦人科学会)。従来のARTでは胚の形状などを専門家が目視で検査し、質の高い胚を優先的に移植しているが、胚培養士の習熟度によって判定にばらつきがあることや、多くの時間と労力を要することが課題点だった。
明視野顕微鏡画像から直接解析でき、倫理的制約のないAI胚評価システムを開発
このような中、近年では客観性と再現性を担保しつつ、正確な評価を実現し得る手法として、深層学習を活用した胚の質評価手法が注目されている。研究グループは以前、細胞核の形態的特徴とその時間変化に着目し、胚の質評価を行う深層学習手法「NVAN」を構築し、マウス胚の出生成否の予測において、専門家や既存手法を上回る精度を達成した。しかし、NVANのヒト胚への医療応用に向けて、細胞核の形態的特徴を定量するために受精卵に蛍光物質を導入し、特殊な顕微鏡を用いて観察する必要があった。受精卵への蛍光物質の導入は、生物学的には影響はなくとも、倫理的な観点から医療応用では許容されない。
そこで研究グループは、同課題を解決するため、実験や臨床で広く用いられている明視野顕微鏡で撮像した胚の画像から、細胞核を自動的に認識する深層学習手法を開発することを着想した。これが実現すれば、将来的には臨床現場で撮像されたヒト胚の画像をもとに、生まれる可能性の高い胚を客観的に選別できるようになると期待される。
今回の研究ではその足掛かりとして、明視野顕微鏡画像のための細胞核セグメンテーションアルゴリズムFL2-Netを構築し、さらにその解析結果を用いてマウス胚の出生予測を試みた。
細胞核の特徴を定量するためのセグメンテーションアルゴリズム「FL2-Net」を構築
研究ではまず、マウス胚が成長していく過程を撮像した時系列3次元明視野顕微鏡画像データを用いて、細胞核の特徴を定量するためのセグメンテーションアルゴリズム「FL2-Net」を構築した。FL2-Netは、細胞が密集している領域でも正確に細胞核を識別するための機構を備えているほか、時系列画像における連続フレームを参照することで時間的な変化も考慮した予測を行うという特徴がある。その結果、FL2-Netは、既存のAI手法(QCANet, StarDist, EmbedSeg, Cellpose3)を全て上回る精度を実現した。
FL2-Netのマウス受精卵出生予測精度81.63%、胚培養専門家の予測精度55.32%を上回る
続いて、FL2-Netによって定量した胚発生過程の形態的特徴(細胞数や細胞核体積など)と時間変化に基づき、マウス胚の出生予測を試みた。FL2-Netを用いた出生予測精度は81.63%に達し、既存手法を用いた場合を上回った。さらに、これは胚培養の専門家38人による目視検査(予測精度55.32%)に比べても大きく上回る精度となった。
FL2-Netが不妊治療における専門家の意思決定を支援、出生率向上に寄与する可能性
今回の研究で開発した細胞核セグメンテーションアルゴリズムFL2-Netは、蛍光標識を用いることなく撮像された時系列3次元明視野顕微鏡画像から胚発生過程の形態的特徴を正確に定量できる。これらは発生生物学の基盤技術として、広く貢献できる可能性がある。
「本研究はマウス胚での検証に留まったが、当研究グループは現在、臨床応用を見据えてヒト胚への手法の適用を進めている。提案手法により、不妊治療における胚選別時の専門家の意思決定をサポートし、出生率の向上に寄与することが期待される」と、研究グループは述べている。
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・慶應義塾大学 プレスリリース


