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抗アミロイド抗体薬の治療実態、アクセス良好だが課題も判明-東大病院ほか

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2025年10月31日 AM09:20

専門医を対象に、レカネマブ保険適用後の最初の1年間の診療実態と課題を調査

東京大学医学部附属病院は10月20日、厚生労働省の令和6年度厚生労働行政推進調査事業費補助金「認知症医療の進展に伴う社会的課題への対応のための研究」の一環として、抗アミロイド抗体薬を処方可能な認知症関連の専門医を対象に2024年12月~2025年1月にウェブアンケート調査を実施し、その結果を発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科認知症共生社会創成治療学・岩坪威特任教授、筑波大学附属病院・新井哲明教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Alzheimer’s & Dementia: Journal of the Alzheimer’s Association」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

日本の認知症患者数は2022年時点で443万人、2060年には645万人に達し、認知症の予備軍とされる軽度認知障害(MCI)の人も632万人まで増えると推計されている(令和5年度老人保健健康増進等事業)。アルツハイマー病(以下、AD)は、その原因の半数以上を占め、超高齢社会である日本の重要な課題となっている。これに対して、AD発症の原因と考えられているアミロイドβ(Aβ)に対して作用し、これを除去する抗アミロイド抗体薬(レカネマブ、ドナネマブなど)が認知機能の低下や、認知症に至る時期を遅らせる新規薬剤として期待され、実際に2023年末から日本でも保険適用になっている。

一方で、抗アミロイド抗体薬にはアミロイド関連画像異常(ARIA)と呼ばれる脳への副作用が一定の確率で起こることが知られている。また、新薬の効果が発揮されるためには「脳にアミロイドβが蓄積していることがきちんと確認されている」「認知機能が一定の範囲にある」といった条件を満たすことが必要である。従って、疾患修飾薬の安全かつ効果的な使用のためにはアミロイドPETや腰椎穿刺、頭部MRI、認知機能検査といった多くの事前検査を受けることが必要になっている。また、これらの検査や評価をきちんと行い、副作用出現時にきちんと対応できるようにするために専門医が在籍しており、加えていつでも頭部MRI検査が行える状況にあることも求められている。このように、抗アミロイド抗体薬治療のための検査・投与にあたっては、所定の要件がガイドラインで定められている。

これらの各種要件は安全・適切に抗アミロイド抗体薬治療を行うために必要だが、一方でこのような要件を満たす医療機関の数は必ずしも多いわけではない可能性が指摘されていた。そのため、各医療機関で必要な患者へ検査や治療が十分に提供できない可能性、また地域ごとの格差がある可能性なども懸念されていた。そこで今回の研究では、国内で実際にレカネマブを処方している専門医を対象に、保険適用後の最初の1年間の診療実態と課題を明らかにすることを目的とした。

専門医719人中311人がレカネマブ処方と回答、担当患者数は約3,200人

研究グループは、認知症診療に関連する専門医(日本認知症学会専門医・日本老年精神医学会専門医)を対象に、2024年12月~2025年1月に無記名形式のウェブアンケートを実施した。まずEメールで調査票を送付し、719人から有効回答を得た。うち673人はレカネマブを処方する資格があると回答しており、さらにそのうち311人はこれまでレカネマブを患者に投与したことがあった。これらの専門医のこれまで担当した患者総数は単純計算で約3,200人にのぼった。このため全国推計を直接示すものではないものの、同アンケートには相当規模の実臨床経験が反映されていると考えられた。

初診から初回点滴投与までの待機期間は平均3か月以内、副作用による治療中止は限定的

初期アクセスと安全性に関する質問では、回答者の約8割が「初診から最初の点滴投与までの待機期間は平均的に3か月以内」と回答し、治療へのアクセスは(アンケートを実施した2025年1月の時点においては)比較的スムーズであることが示された。

また、副作用による治療中止を経験したことがある専門医の割合は限定的で、さらに6~7割の医師が「副作用の発生頻度は臨床試験のデータよりも低い印象を持っている」と回答しており、実臨床における安全性プロファイルは比較的良好であると認識されていると考えられた。

一方、回答者の約6割が副作用の懸念や投与頻度の多さを理由に治療薬投与に至らなかった症例の経験があると回答しており、治療薬投与に際しての負担の軽減に資する運用上の工夫の必要性が考えられた。

キャパシティ不足・検査運用・医療機関の連携などに課題、治療経験者ほど強く認識

治療・検査運用上の課題に関する質問では、治療インフラの課題として約4分の1の医師が「点滴のための外来スペース(ベッド)や人員が逼迫している、または枯渇している」と回答した。また、6割以上が「自施設の治療提供能力は、想定される患者需要に満たない」と感じており、今後の患者増に対応できない懸念があると考えられた(病院の治療キャパシティの課題)。

検査運用・薬剤投与上の課題としては、診断・説明・リスク評価に資する一部検査の運用に関するハードルなどを約半数の医師が課題と認識しており、(治療未経験の医師に比べて)治療経験のある医師により強い課題意識がみられた。

また、治療の実施・継続のためには医療機関間の連携(初回導入施設から継続投与施設へのスムーズな紹介など)や、アルツハイマー病および抗アミロイドβ抗体薬に関する普及・啓発が一つの鍵になると考えられるが、これらの点が課題であるという回答が、特に治療経験のある医師から示された。

薬剤開発や投与法改善を要望、具体的な制度改善も求める

治療現場が求める具体的な解決策としては、回答者の半数以上が、今後の薬剤開発、投与方法や経路の工夫、リスク評価や簡便なスクリーニング検査の活用などへの対応を支持した。これらの中で、特に治療経験がある医師からは、薬剤の導入に関する課題(共同意思決定(SDM)の加算やAPOE検査の保険収載など)への対応についてより強く上がっており、実臨床の実態を反映したものと考えられた。

安全・適正・持続可能なアルツハイマー病新薬治療の施策立案に重要な知見

今回の調査結果は、世界に先駆けて国民皆保険制度のもとで新薬を導入した日本の貴重な経験を示すものであり、安全性の担保と適切なアクセスの両立を目指す上での運用上の実態と改善余地に関わる重要な基礎資料になると考えられる。同調査で明らかになった現場の課題について、関係各所での議論が深まることが期待される。

「専門的な知識を要する点滴投与、副作用モニタリング、多職種連携といった一連の投与に関する負担軽減に資する運用上の工夫に関する検討が必要であることがわかった。さらに、APOE検査などによるリスク評価や、活用が期待される血液バイオマーカーなどによる簡便なスクリーニング法、新たな投与方法などについて、より良い活用の方向性を探ることも必要だ。加えて、初期投与を行う基幹病院と、その後の継続投与を担う地域の連携施設(かかりつけ医など)との協力を円滑に進めるための連携の在り方や工夫などの検討が求められる」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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