有機リン系殺虫剤、在胎週数への影響については見解分かれる
大阪大学は9月30日、「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」の対象者のうち4,444人の妊婦を対象として、尿中の有機リン系殺虫剤の代謝物であるジアルキルリン酸(DAP)濃度と妊娠の結果との関連について検討した結果を発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科の川崎良教授(公衆衛生学教授/エコチル調査・大阪ユニットセンター ユニットセンター長)らの研究グループによるもの。研究成果は、「Science of the Total Environment」に掲載されている。

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エコチル調査は、胎児期から小児期にかけての化学物質ばく露が子どもの健康に与える影響を明らかにするために、環境省が平成22(2010)年度から全国で約10万組の親子を対象として開始した、大規模かつ長期にわたる出生コホート調査である。さい帯血、血液、尿、母乳、乳歯等の生体試料を採取し保存・分析するとともに、追跡調査を行い、子どもの健康と化学物質等の環境要因との関連を明らかにしている。エコチル調査は、国立環境研究所に研究の中心機関としてコアセンターを、国立成育医療研究センターに医学的支援のためのメディカルサポートセンターを設置している。また、日本の各地域で調査を行うために公募で選定された15の大学等に地域の調査の拠点となるユニットセンターを設置し、環境省と共に各関係機関が協働して実施している。
有機リン系殺虫剤は、日本の農地や住宅地などで広く使われており、神経毒性があることが知られていて、神経系疾患や心血管系疾患などの発症リスクに関連することが報告されている。海外からは、尿中の有機リン系殺虫剤の代謝物であるジアルキルリン酸(DAP)濃度が高いと在胎週数が短縮するという報告がなされている。しかし、関連がないという報告もあり、一定の結論には至っていない。研究対象者の人数が少ないことが、一定した結果になっていない一つの要因と考えられている。
DAP測定で妊娠の結果との関連を検討、エコチル調査4,444人対象
今回の研究では、大規模な出生コホートであるエコチル調査で、妊娠期の有機リン系殺虫剤のばく露の指標となる尿中DAP濃度を測定し、早産・低出生体重児・在胎不当体重児(SGA)出産との関連や在胎週数・出生体重との関連を検討した。同研究では、エコチル調査の対象者のうち、妊娠中の尿中DAP濃度のデータがあり、かつ、研究に必要な妊娠中および出産時のデータがそろっている4,444人を対象とした。多胎妊娠は除いた。
DAPには6種類あり(DMP、DEP、DMTP、DETP、DMDTP、DEDTP)、その内75%以上の妊婦で報告限界値を超えるレベルで検出された3種類のDAP(DMP、DEP、DMTP)とS DM(DMPとDMTPの和)、S DAP(DMPとDMTPとDEPの和)の5種類を解析対象とした。これらの尿中DAP濃度と、早産・低出生体重児出産・SGA児出産リスクとの関連を検討するために、多変量ロジスティック回帰分析を用い、それぞれオッズ比(OR)および95%信頼区間(CI)を推定した。また、尿中DAP濃度と在胎週数・出生体重の関連を検討するために多変量線形回帰分析を行い、回帰係数と95%CIを推定した。交絡因子として母親の年齢、子どもの性別、妊娠前のBMI、妊娠前の喫煙習慣、母親の教育歴、世帯収入、果物摂取、調査地域を調整した。
対象者4,444人の妊娠の結果は、3.8%が早産、7.0%が低出生体重児出産、5.2%がSGA児出産だった。尿中DAP濃度を低い濃度から高い濃度まで順に並べて人数が均等になるように4つのグループ(一番低い群から順に、グループ1、2、3、4)に分け、グループごとに妊娠の結果との関連を解析した。
尿中DAP濃度高値で早産リスク減少傾向も、統計補正後は有意性消失
尿中DMP濃度のグループ2と尿中DMTP濃度のグループ3では、グループ1と比較した場合に早産のリスクが減る傾向を認めた。それぞれOR(95%CI)は0.62(0.39–0.97)と0.60(0.38–0.95)であった。また、尿中DMP濃度および尿中DEP濃度が10倍増加すると、在胎週数がそれぞれ0.13週(95%CI:0.02-0.23)と0.14週(95%CI:0.03-0.25)増加し、尿中DMP濃度が高くなるほど低体重児出産のリスクが減る関連を認めた。ただし、ボンフェローニ補正を行うとこれらは消失し、尿中DAP濃度との関連は見られなかった。
層別解析では、男児出産・高学歴妊婦・高果物摂取量などとの関連を示唆
次に、尿中DMP濃度および尿中DEP濃度と在胎週数の層別解析を行ったところ、男児を出産、高学歴、高世帯収入、高果物摂取量の妊婦で関連が認められた。
有機リン系殺虫剤へのばく露が在胎週数の短縮リスクを上昇させるという海外からの報告と同研究が異なる結果となった理由は明らかではない。尿中DAPは有機リン系殺虫剤の代謝物でもあるが、それ以外の物質由来の場合もあり、必ずしも有機リン系殺虫剤へのばく露量を正しく反映しているわけではない。また、有機リン系殺虫剤の体内からの排泄は比較的短時間で起こり、同研究のように一時点のみの尿中DAP濃度測定では、正しくばく露を評価できない可能性もある。エコチル調査で、さらに多くの参加者の試料を測定することで、より確実な検討をすることが可能になると考えられ、今後、生体試料の測定数を増やしたうえで、再度検討することを想定している、と研究グループは述べている。
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