男性の細胞の一部でY染色体が失われるmLOY、がん診断後に増加の原因は未解明
順天堂大学は9月9日、放射線治療を受けた男性患者の血液中で、Y染色体の一部が失われる現象(mosaic loss of chromosome Y:mLOY)の頻度が高いことを世界で初めて報告したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科遺伝子疾患先端情報学講座の小林拓郎非常勤助教、創造長寿医学講座の八谷剛史客員准教授、堀江重郎主任教授(泌尿器科学、遺伝子疾患先端情報学講座、創造長寿医学講座)、岡崎康司教授(難病の診断と治療研究センター、理化学研究所)、東京大学医科学研究所の森崎隆幸客員教授(大学院新領域創成科学研究科クリニカルシークエンス分野特任教授)、松田浩一特任教授(大学院新領域創成科学研究科クリニカルシークエンス分野教授)、鎌谷洋一郎特任教授(大学院新領域創成科学研究科複数形質ゲノム解析分野教授、理化学研究所生命医科学研究センター客員主管研究員)らの研究グループによるもの。研究成果は、「npj Aging」に掲載されている。

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mLOYは、男性の血液中からY染色体が失われている細胞と正常な細胞が体の中で混在している状態を示す。加齢や喫煙に伴いmLOYの男性は増え、70代男性の約40%がmLOYであるとされている。近年、mLOYががんや心疾患、アルツハイマーのリスクとなることが報告され、mLOYの研究の重要性が増している。特にがん患者では、診断後にmLOYが増加する傾向が報告されているが、この変化ががん自体によるものなのか、治療による影響なのかは不明だった。
前立腺がん348人、放射線治療群のmLOY陽性オッズ比2.55倍
今回の研究では、順天堂医院の前立腺がん患者348人の唾液から抽出したDNAを用いて、がん治療法別にmLOYの頻度を調査した。mLOYの判定には、DNAマイクロアレイ解析で得られるmLRR-Yという指標を用いてmLOYの判定を行った。その結果、局所放射線治療を受けた患者のmLOY陽性率は13.7%で、治療を受けていない患者群と比較し、オッズ比が2.55(年齢と喫煙歴を調整したロジスティック回帰分析、P=0.04)と有意に高いことが明らかになった。手術やホルモン療法では有意な差は認められなかった。
4種がん3万人を解析、がん種によらず放射線治療から1年未満で陽性率高と判明
続いて、BBJプロジェクトの第1コホート(前立腺がん5,090人、肺がん2,637人、大腸がん4,303人、胃がん4,793人)および第2コホート(前立腺がん5,582人、肺がん1,800人、大腸がん3,910人、胃がん2,731人)の血液由来DNAデータを用いて大規模な検証を行った。各コホートにおいてがん種ごとにmLOYと放射線の関連を解析し、全ての結果を統合したメタ解析を実施した結果、放射線治療を受けた患者群でmLOYの有意な増加が確認された(オッズ比1.48、P=0.01)。特に、放射線治療から1年未満の患者でmLOY陽性率が約1.7倍高く(オッズ比1.66、P=0.0034)、1年以上経過した患者では有意差は見られなかった。また、がん種間で共通した傾向であることも確認された。
ゲノム不安定性の増加が治療効果や生存率に影響するかは未解明
今回の研究で見出された放射線治療とmLOYの関連のメカニズムとして、放射線治療が骨髄の造血幹細胞にDNA損傷や細胞老化をもたらし、DNA損傷の修復が間に合わずにY染色体の喪失に至ると考えられる。この研究は、がん患者における放射線治療とmLOY増加の関連を示した初の報告であり、放射線治療によりゲノム不安定性増加がもたらされる可能性を示唆する重要な成果である。
一方、放射線治療によってがん患者のゲノム不安定性が増加することが示されたが、放射線治療によってもたらされるゲノム不安定性の増加が、がん治療の奏功や生存率と関連しているかはいまだ解明されていない。「今後は放射線治療によってもたらされるゲノム不安定性の増加が、がん治療の予後と関連しているかを調べることで、がんの精密医療に貢献していく」と、研究グループは述べている。
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