20歳代から種々の老化徴候が出現するウェルナー症候群、対処療法中心で効果も限定的
千葉大学は6月4日、希少難病である早老症ウェルナー症候群の患者を対象に、ニコチンアミドリボシド(以下、NR)を用いた世界初の二重盲検無作為化クロスオーバープラセボ対照試験を成功させたと発表した。この研究は、同大の横手幸太郎学長、大学院医学研究院内分泌代謝・血液・老年内科学の前澤善朗講師、正司真弓助教、加藤尚也助教、予防医学センターの越坂理也准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Aging Cell」に掲載されている。

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ウェルナー症候群は、遺伝子変異によって生じるDNA代謝とミトコンドリア機能の障害を特徴とする、まれな遺伝性早老症候群である。有病率は、日本で人口100万人当たり9人と推定されている。
20歳代より頭髪変化(白髪、脱毛)や両側白内障、糖尿病、脂質異常症などの代謝性疾患、内臓脂肪蓄積、皮膚変化など、種々の老化徴候が出現し、ヒトの老化のモデル病態とされている。動脈硬化による心筋梗塞や悪性腫瘍を若年期から合併しやすく、平均寿命は60歳未満と報告されている。患者は特にサルコペニアを高率で来し、難治性皮膚潰瘍も7割以上の症例で発症する。3割の患者は下肢切断に至り、疼痛や感染により生活の質(QOL)、日常生活動作が低下する。
合併症に対する治療の介入などにより以前より寿命の伸展が見られるが、根本的治療法は確立されていない。そのため、動脈硬化性疾患、サルコペニア、難治性潰瘍などへの対処療法が中心で、効果も限定的である。
NAD+前駆体の補充治療、サルコペニア・動脈硬化などを緩和する可能性
先行研究においては、患者のニコチンアミドアデニンジヌクレオチド(以下、NAD+)値の低下を認めており、病因としてNAD+が重要な役割を果たしていることが示唆されている。また、NAD+の補充により、ウェルナー症候群モデルの線虫の寿命を延長させることが報告されている。
このため、NAD+の補充がウェルナー症候群やその他の老化促進疾患の状態を改善する可能性があると考えられていた。NAD+そのものは哺乳類には投与できないため、NAD+前駆体であるNRを内服させることでマウスの寿命を延長することができる。また、他の動物実験においてもNRがNAD+レベルを増加させると、神経変性疾患における神経の保護、拡張型心筋症における心不全発生率の低下することが示されている。
ヒトにおいても数多くの臨床試験が近年実施され、健常者や肥満を有する成人、高齢者におけるNAD+前駆体の安全性と有用性について検討されてきた。こうした臨床試験において、NRは慢性炎症の抑制や肝脂肪変性などの代謝性疾患への効果、一般の高齢者での最大筋力および疲労の改善や炎症性サイトカインの減少が報告されている。
このように、NRがサルコペニア、代謝障害、動脈硬化を緩和する可能性があることから、ウェルナー症候群の症状の進行を遅らせる可能性が考えられていた。しかし、ウェルナー症候群の患者におけるNRの効果を評価した研究は、これまでなかった。
ウェルナー症候群対象、NRの安全性・有効性を評価する臨床試験を実施
今回の研究では、ウェルナー症候群の患者に対するNAD+前駆体であるNRの安全性および有効性の検討を行った。試験デザインは、NRを1日1,000mg投与、あるいはプラセボを26週投与後に他方の薬剤に切り替え、さらに26週間投与するクロスオーバー試験だった。
試験の主要評価項目は、ウェルナー症候群の患者における被験薬の26週および52週時点での安全性であり、副次的評価項目は、血液中のNAD+値、皮膚潰瘍の数と大きさ、炎症反応、血液検査(脂質、血糖、腎機能、肝機能など)、内臓脂肪面積、踵の皮下組織厚、サルコペニア評価のための握力検査、歩行速度、骨格筋指数、動脈硬化評価のためのCAVI(Cardio-ankle vascular index)、ABI(Ankle Brachial Index)、腎機能評価のための糸球体濾過率、尿アルブミン排泄、尿中NAG、β2-ミクログロブリン、L-FABP、Kim-1、脂質評価のためのリポタンパク質粒子プロファイル、探索的評価項目は、メタボローム解析だった。
重大な有害事象なし、動脈硬化・皮膚潰瘍・腎機能など改善
試験の結果、安全性としては、肝酵素であるAST、ALTの軽度の上昇は認めたものの、NR投与による重大な有害事象は認めなかった。
有効性としては、NR内服後に、血中NAD+の有意な上昇を認めた(26週での変化量 NR vs. プラセボ:0.070±0.061 units vs. -0.002±0.018 units, P=0.045)。また、動脈硬化の指標CAVIの有意な改善を認めた(右足:NR投与後 -0.4±0.9 vs. プラセボ投与後 0.9±0.8, P=0.042;左足:-0.5±0.9 vs. 0.7±0.7, P=0.046)。
皮膚潰瘍に関しては、潰瘍面積(潰瘍横径×潰瘍縦径)がNR服用後に平均0.88cm2縮小し、改善した。一方、プラセボ服用後は平均0.71cm2面積が拡大する傾向が認められた(P=0.01)。またウェルナー症候群で生じる踵の皮下組織厚の低下が、NR投与後に抑制される傾向も認めた。
さらに、メタボローム解析の結果、腎機能の悪化と関連する血中クレアチンが、NR投与期間中に著しく改善していることが示された。さらに、腎機能障害や尿毒症に関連する代謝産物である3-インドキシル硫酸、N-アセチルバリン、硫酸フェノールは、NR投与後に減少し、腎機能改善の可能性が示された。
他の早老性疾患や一般的な加齢性疾患の研究加速にもつながると期待
今回の研究により、ウェルナー症候群の患者へのNR投与は、重篤な有害事象の出現はなく、CAVI値を改善させたことから動脈硬化抑制的に作用し、難治性皮膚潰瘍を改善し、メタボローム解析において腎機能低下を抑制する働きを認めた。これにより、NRがウェルナー症候群の2つの重要な側面である動脈硬化と皮膚潰瘍に対する有用な治療手段および腎機能低下の予防手段となる可能性が示された。
今後、他の早老性疾患でのNRを利用した治療やウェルナー症候群の患者を対象として開発中の、他の治療薬の臨床試験や治験を実施する際の基盤となる知見を得たと言える。「今回の研究をもとに、ウェルナー症候群や他の早老性疾患、さらには一般的な加齢性疾患での研究が加速することが期待される。その結果、患者のQOLの向上と、一般社会における健康寿命の延伸に貢献できる日が来ることを願っている」と、研究グループは述べている。
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・千葉大学 プレスリリース