若年者症例が急増の国内大腸がん罹患率、原因解明が急務
国立がん研究センターは5月21日、世界11か国の大腸がん981症例の全ゲノム解析から発がん要因の解析を行い、他の地域と比較して日本人大腸がん症例には、腸内細菌由来のコリバクチン毒素による変異パターン(変異シグネチャー)がより多く(全体の5割)存在することを明らかにしたと発表した。この研究は、同センター研究所がんゲノミクス研究分野の柴田龍弘分野長(東京大学医科学研究所附属ヒトゲノム解析センターゲノム医科学分野教授)、米国カルフォルニア大学サンディエゴ校、英国サンガー研究所、WHO国際がん研究機関の国際共同研究グループによるもの。研究成果は、「Nature」に掲載されている。

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大腸がんは日本において年間罹患者数は14万人を超え(全がん種で第1位、2020年)、死亡数も年間5万3,000人以上(全がん種で第2位、2023年)と、保健衛生上非常に重要ながん種である。大腸がんの発生には、生活習慣が深く関わっていることが知られており、喫煙、飲酒、肥満、欧米型食生活などにより大腸がんが発生する危険性が高まる。
国際的には若年者大腸がんの増加が大きな問題となっている。日本では、大腸がんの罹患者数は継続して増加傾向にあり、最近の疫学研究の結果では、世界の中でも欧米諸国を超えてトップクラス(50歳未満で世界5位、50歳以上で世界3位)であり、若年者症例も年々増加している。日本における大腸がんの予防に向けて、なぜ欧米と比較して急増しているのか、その原因の解明が強く求められている。
腸内細菌由来のコリバクチン毒素、DNA二重鎖切断・特徴的な変異パターンを引き起こす
がんはさまざまな要因によって正常細胞のゲノムに異常が蓄積して発症することがわかっている。点変異のような突然変異はがんドライバー遺伝子の活性化や不活性化を来す主要なゲノム異常の一つだが、近年の大規模ながんゲノム解析から、突然変異の起こり方には一定のパターンがあることが明らかになってきた。こうしたパターンは変異シグネチャーと呼ばれ、喫煙や紫外線暴露といったさまざまな環境要因と遺伝的背景によって異なることも知られている。変異シグネチャー解析のためには全ゲノム解読が必要で、解析によって得られる点変異のシグネチャーはSingle Base Substitution Signature(SBS)、微小な欠失や挿入(insertion/deletion)のシグネチャーはInsertion/Deletion Signature(ID)と呼ばれている。がんゲノムデータから変異シグネチャーを抽出することで、そのがんがどういった原因の組み合わせによって発がんに至ったのかという原因を追跡することが可能である。
腸内細菌とは、ヒトの腸の中に棲むさまざまな細菌の総称である。各個人の腸内には数百種類以上、100兆個以上の細菌が存在しており、消化や免疫、ビタミンの合成など生理的に重要な機能に関与している。一方で、一部の腸内細菌は大腸がんの発生や悪性化と関連していることが、これまでの多くの研究によって示されている。
コリバクチン(colibactin)毒素は、大腸菌やその他の腸内細菌によって生産・分泌される2次性代謝産物であり、DNAに2重鎖切断を起こすことが知られている。コリバクチン毒素はポリケチド合成酵素(polyketide synthase)ゲノムアイランドを持つ(pks+と呼ばれる)細菌株によって産出され、特にDNA障害性(genotoxic)pks+大腸菌がよく知られている。ヒト大腸オルガノイド細胞にpks+大腸菌を暴露することによって特徴的な変異パターン(SBS88/ID18)が誘発されることが報告されている。
11か国981症例の全ゲノム解析実施、地域や臨床背景ごとの変異シグネチャー比較
今回の研究では、大腸がんの発症頻度の異なる11か国から981症例のサンプルを収集し、全ゲノム解析を行った。症例数の内訳は、日本28症例、ブラジル159症例、ロシア147症例、イラン111症例、カナダ110症例、タイ104症例、ポーランド94症例、セルビア83症例、チェコ56症例、アルゼンチン53症例、コロンビア36症例である。日本人症例の内訳は、性別:男性18例、女性10例、年齢:50歳未満8例、50歳以上20例である。
全ゲノム解析データから突然変異を検出し、複数の解析ツールを用いて変異シグネチャーを抽出した。その後、地域ごと、臨床背景ごとに変異シグネチャーの分布に有意差があるかについて検討を行った。なお、DNA修復系異常による大腸がん(マイクロサテライト異常(Microsatellite Instability)大腸がん、大腸がん全体の約6%を占める)については、発症原因がすでに解明されており、その変異パターンも異なることから、以下の解析には含めていない。
日本人大腸がん症例の5割にコリバクチン毒素による変異検出、他地域平均の2.6倍以上
まず、国別の症例における変異シグネチャーの比較を行った。日本人症例ではSBS88ならびにID18の頻度が他の国と比較して多いことが明らかになった。日本人症例のうち、SBS88は37.5%、ID18は50%の症例に検出され、SBS88あるいはID18のいずれかが検出された(つまりコリバクチン毒素による変異が関与していると考えられる)症例は、日本人で50%と他の地域の平均(19%)と比較して2.6倍以上高いことが示された。国別の大腸がん発症頻度は、SBS88ならびID18の量と有意な相関を示し、今回の11か国で最も発症頻度が高い日本の症例でコリバクチン毒素による変異が最も多いという結果だった。
コリバクチン毒素変異シグネチャー、若年者症例に多くAPC変異とも関連
変異シグネチャーと年齢との相関について解析した結果、若年者症例にはSBS88、SBS_M、ID18が多く、高齢者症例にはSBS5、SBS1(いずれも加齢と相関することが報告されている)、ID9、ID4、ID1、ID2、ID10が多いことが明らかとなった。コリバクチン毒素による変異シグネチャーであるSBS88ならびにID18は年齢別にみても50歳未満の若年者症例に特に多く、70歳以上の高齢者症例と比較すると3.3倍多いという結果だった。
さらに、大腸がんにおけるドライバー変異と変異シグネチャーとの関連について検討したところ、大腸がんにおいて最も早期に起こるドライバー異常であるAPC変異について全体の15.5%がSBS88あるいはID18のパターンと一致しており、コリバクチン毒素によるDNA変異が大腸がんの発症早期から関与していることが示された。
解析時点のpks+腸内細菌量と変異シグネチャーに相関なし
最後に、コリバクチン毒素を産生するpks+腸内細菌とSBS88/ID18変異シグネチャーとの関連について検討を行った。SBS88/ID18変異シグネチャーとの有無によってpks+腸内細菌の量には有意な差はみられなかった。さらに年齢別に検討した結果、若年者症例のがんにおいてSBS88/ID18変異シグネチャーがみられるもののpks+腸内細菌は検出できない症例が多いことがわかった。この理由として、コリバクチン毒素暴露からDNA変異誘発には時間がかかるため、手術時に存在している腸内細菌ではなく、もっと早期から持続的にpks+腸内細菌に暴露していることが大腸がん発症に寄与すると推定される。
コリバクチン毒素、日本の大腸がん若年者増加の重要な要因であると示唆
この研究は、食道扁平上皮がん、腎臓がんに次いで行われた大腸がんに対する全ゲノム解析を用いた国際的な大規模がん疫学研究であり、各国の大腸発がん要因の違いが明らかになり、疫学研究における全ゲノム解析の有用性を改めて示した。特に世界的にも患者数が急増している日本人症例からコリバクチン毒素による変異シグネチャーが最も高頻度に確認され、この変異シグネチャーの量が国別の発症頻度と相関していることからも、日本における大腸がん増加の重要な要因であることが示唆された。また、コリバクチン毒素による変異シグネチャーが若年者症例に多いことから、国際的にも問題となっている若年者大腸がんの大きな要因の一つであると考えられる。
一方で、若年者大腸がんにはコリバクチン毒素以外の未知の要因による変異シグネチャーもみられること、今回解析された日本人症例は少ないことなど、新たな課題も見つかっており、その解明に向け、若年者大腸がんを中心とした大規模な多施設共同研究によって国内の各地域からサンプルを集め、全ゲノム解析を行う研究計画を進めている。今後の研究で、コリバクチン毒素による大腸発がんの国内における広がりや若年者症例の発症要因の全貌、ドライバー異常の全体像が明らかになれば、日本における大腸がんの新たな予防法や治療法の開発につながると期待される。
日本における特徴的な発がん機構解明・がん予防への応用に期待
また、これまで行ってきた国際共同研究の結果から、食道がん・腎臓がん・大腸がんのいずれにおいても、日本人症例には世界の他の地域と比較して特徴的な発がん要因がそれぞれ存在していることが明らかになった。
「現在、国内では全ゲノム解析等実行計画を推進するための国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)プロジェクトが開始され、多くのがん種について日本人症例の大規模な全ゲノムデータが集積されている。これらの研究においても変異シグネチャー解析を用いることで、日本におけるさまざまながん種の発がん分子機構の解明とがん予防への応用が期待される」と、研究グループは述べている。
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・国立がん研究センター プレスリリース