放射線化学療法の完全奏効率は15~20%程度
国立がん研究センターは2月20日、手術で切除できない局所進行食道扁平上皮がんを対象として、標準治療である放射線化学療法に免疫チェックポイント阻害薬であるアテゾリズマブを併用する医師主導治験を実施したと発表した。この研究は、同センター東病院消化管内科の小島隆嗣医長、坂東英明医長、研究所腫瘍免疫研究分野の熊谷尚悟研究員、西川博嘉分野長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Cancer」に掲載されている。

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動脈や気管など周囲の重要な臓器まで広がっているため手術で切除できないが、肺や肝臓への転移を認めない局所進行食道扁平上皮がんに対して、現在は放射線治療と抗がん剤治療を組み合わせる放射線化学療法で治療されるが、完全奏効(CTスキャンや内視鏡検査でがんが完全に消失した状態)は15~20%程度であり、完全奏効とならない症例は予後が不良であることが報告されている。切除できるもしくは他臓器に転移しているため根治治療が難しい食道扁平上皮がんに対しては、すでに免疫チェックポイント阻害薬の有効性が証明され、広く使われているが、切除できない局所進行食道扁平上皮がんに対して免疫チェックポイント阻害薬の有効性・安全性は不明だった。
放射線化学療法後3週ごとにアテゾリズマブ12か月間投与、完全奏効率42.1%
医師主導治験には、切除できない局所進行食道がんの患者40人が試験に参加し、放射線化学療法の後に3週間ごとにアテゾリズマブが12か月間投与された。その結果、最も重要な評価ポイントである完全奏効率が42.1%という、従来を大きく上回る高い割合が得られた。
1年後の無増悪生存割合・全生存期間も良好、重篤な副作用は5%程度
その他の評価ポイントとして、無増悪生存期間(がんが進行せずに生存する期間)および全生存期間が検討され、1年後の無増悪生存割合は29.6%、全生存割合は65.8%であり、この治療法が長期的に患者の生存を改善する可能性が示された。加えて、治療による重篤な副作用は5%程度と低い割合であり、肺炎や軽度のホルモン異常が確認されたものの、治療に関連した死亡例はなかった。これにより、アテゾリズマブの投与が安全かつ有望な追加治療法であることが確認された。
アテゾリズマブ、PD-L1をブロックしてがん細胞の成長抑制や治療効果を持続させる可能性
今回の研究は付随研究として、放射線化学療法とアテゾリズマブが免疫反応に及ぼす影響を詳細に分析した。放射線化学療法は放射線と化学療法による腫瘍細胞の破壊に加え、免疫系の活性化を促進する効果が期待されている。放射線化学療法によって腫瘍周辺で免疫細胞が活性化され、免疫チェックポイントであるPD-L1の発現が増加することが確認された。PD-L1は免疫細胞の働きを抑える役割を果たすが、アテゾリズマブがPD-L1をブロックすることで、がん細胞の抑制を解除し、免疫細胞ががん細胞を攻撃しやすくなる。この連携により、がん細胞の成長抑制や治療効果が持続する可能性が示された。
放射線化学療法の効果予測するバイオマーカー候補特定
また、治療前と治療後に採取された組織や血液を用いたトランスレーショナル研究によって、放射線化学療法の効果を予測するバイオマーカーの候補がいくつか特定された。治療前に特定の遺伝子変異や免疫細胞の分布が確認された場合、治療効果が高い傾向が見られた。特に完全奏効となる患者とならない患者を比較すると、放射線化学療法前、化学放射線療法後、アテゾリズマブ投与後いずれにおいても、抗腫瘍免疫応答の中心的な役割を担うCD8陽性T細胞のPD-1の発現が高く活性化状態にあり、抗腫瘍免疫応答を抑制する作用のある制御性T細胞のPD-1、CTLA-4が低く、免疫応答を抑制する作用が弱まっており、有効な抗腫瘍免疫応答が起こりやすい状況となっていることがわかった。こうした知見により、将来的には、個別の患者ごとに適した治療法を提案できる可能性が高まる。
放射線化学療法後のがん細胞、制御性T細胞など増加し治療耐性を起こす機構も解明
さらに、治療に対する耐性を起こしたがん細胞についても解析が行われ、いくつかの耐性機構が明らかになった。具体的には、放射線化学療法後のがん細胞では炎症を引き起こす遺伝子が活性化されることで、制御性T細胞などの免疫反応を抑制する細胞が腫瘍組織内部で増加し、がん細胞が抗腫瘍免疫応答から逃れ、再び成長しやすくなる傾向が見られた。こうした耐性機構を踏まえ、今後の治療ではアテゾリズマブに加えて、炎症を抑える薬剤や特定の免疫細胞を標的とする薬剤を組み合わせることで、さらなる治療効果の向上が期待されている。
以上の成果により、放射線化学療法後のアテゾリズマブ投与が局所進行性食道扁平上皮がんの治療において有望かつ安全であることがわかった。「今回の研究は、従来の放射線化学療法に免疫チェックポイント阻害薬を追加する事による治療効果向上の可能性を示したものの、現在行われている大規模臨床試験(NCT04543617)による効果の検証が必要。また、患者ごとに効果が異なる原因を探り、個別化医療の実現を目指したさらなる研究が期待される。さらに、アテゾリズマブと他の免疫療法薬との組み合わせが、より効果的な治療法の開発につながる可能性があり、さらなる解析が期待される」と、研究グループは述べている。
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・国立がん研究センター プレスリリース