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自閉スペクトラム症などの社会性不調にオキシトシン神経細胞の機能不全が関連-理研

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2024年10月21日 AM09:20

社会性不調伴う発達障害、病態が引き起こされる脳内メカニズムは未解明

)は10月11日、社会性コミュニケーションの不調を示すモデルマウスにおいて、社会性をつかさどるオキシトシン神経細胞の一群が選択的に機能不全を起こしていることを明らかにしたと発表した。この研究は、理研生命機能科学研究センター比較コネクトミクス研究チームの鶴谷雅文大学院生リサーチ・アソシエイト、宮道和成チームリーダーらの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Communications」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

近年、自閉スペクトラム症などの社会性コミュニケーションの不調を伴う発達障害に関心が集まっている。世界保健機関(WHO)の報告では、全世界で約1%の子どもが自閉スペクトラム症と推定されている。また米国疾病予防管理センター(CDC)の調査では、米国における子どもの罹患率は約36人に1人にも上る。ひきこもりなども含め、広義の社会性コミュニケーションの不調は、現代社会の直面する大きな課題である。

自閉スペクトラム症の患者を用いた大規模な遺伝子スクリーニングの結果から、数百種類を超える膨大なリスク遺伝子の存在が明らかになっている。さらに、一卵性双生児を用いた調査などから、自閉スペクトラム症には、脳の発達に重要な胎児期の環境要因も関与することが知られている。しかし、多様な遺伝子の変異がどのように環境要因と交絡して社会性の不調という共通した病態を引き起こすのかという根本的な疑問は未解明のままである。

バルプロ酸暴露によるオキシトシン神経細胞への影響は?

研究グループは、社会性の不調を引き起こす胎児期の環境要因に着目した。一般的に、妊婦の飲酒、喫煙、薬物服用は子の社会性の発達に悪影響を与えると考えられている。抗てんかん薬として知られるバルプロ酸は、妊娠中の女性が服薬すると、子の自閉症リスクが上昇すると報告されている。バルプロ酸の影響はマウスやラットなどのげっ歯類でモデル化されており、胎児期にバルプロ酸に暴露されると社会性コミュニケーションが低下することが知られている。しかし、バルプロ酸に暴露されたマウスにおいて、どのような脳領域のどのような神経細胞がいかなる影響を受けているのか、よくわかっていなかった。

脳の視床下部と呼ばれる領域には、社会性行動の制御に関わる視床下部室傍核(しつぼうかく)があり、社会親和性を亢進させる作用を持つホルモンの一つ、オキシトシンを合成するオキシトシン神経細胞もここに存在する。今回の研究では、胎児期のバルプロ酸暴露による視床下部室傍核のオキシトシン神経細胞への影響について調査した。

社会性不調マウス、小細胞性オキシトシン神経細胞でのオキシトシン合成が選択的に阻害

研究グループはまず、健常マウスと、バルプロ酸を投与した妊娠マウスから生まれた社会性不調モデルマウスの両群において、視床下部室傍核のオキシトシン神経細胞数とオキシトシンの発現を組織学的に観察し、両者を比較した。視床下部室傍核のオキシトシン神経細胞には、脳内にオキシトシンを分泌する小細胞性オキシトシン神経細胞と、下垂体・全身にオキシトシンを分泌する大細胞性オキシトシン神経細胞の2種類が存在し、一般に、社会性行動の制御に関与するといわれているのは小細胞性オキシトシン神経細胞である。

実験の結果、どちらのオキシトシン神経細胞の数にも両群で違いはなかった。しかし、小細胞性オキシトシン神経細胞でのオキシトシン合成は、社会性不調モデルマウスで選択的に阻害されていることがわかった。興味深いことに、この小細胞性オキシトシン神経細胞の異常は、バルプロ酸とは異なる別の社会性不調モデル(妊娠期高脂肪食)でも再現された。これらのことから、小細胞性オキシトシン神経細胞は、さまざまな胎児期の環境要因が共通して悪影響を及ぼす標的になっている可能性が考えられる。

小細胞性オキシトシン神経細胞、バルプロ酸の影響受けやすく遺伝子発現に障害

ここで小細胞性オキシトシン神経細胞の異常は、遺伝情報からタンパク質が作られた後の障害なのか、それとも遺伝子発現レベルの障害なのか、という疑問が持ち上がった。また、バルプロ酸の影響は小細胞性オキシトシン神経細胞に特異的なものか、あるいは視床下部室傍核に多数存在する別の機能を持った神経細胞群にも影響しているのか、という点も不明だった。

これらの疑問を解決するため、研究グループは視床下部室傍核の全細胞の遺伝子発現を網羅的に調べることのできる一細胞RNA sequence法を用いて、健常群と社会性不調モデルを比較した。その結果、社会性不調モデルマウスでは、小細胞性オキシトシン神経細胞のオキシトシン遺伝子の発現が低下しており、小細胞性オキシトシン神経細胞の異常は遺伝子発現レベルの異常を反映していることがわかった。

また、視床下部室傍核の他の神経細胞を含め、社会性不調モデルマウスで発現が変動する遺伝子がオキシトシン遺伝子以外にも多く見つかった。詳しく調べると、小細胞性オキシトシン神経細胞では、変動する遺伝子がシグナル伝達や神経機能などの重要な機能に偏っているのに対し、大細胞性オキシトシン神経細胞ではこのような偏りが見られないことがわかった。これらの結果から、社会性不調のモデルマウスにおいては視床下部室傍核を構成する細胞の脆弱性に違いがあり、小細胞オキシトシン神経細胞は特にダメージを受けやすいことがわかった。

出生直後や思春期マウスのオキシトシン神経細胞を一過的に活性化、社会性行動が改善

研究グループは最後に、出生直後の新生期や思春期(5週齢)のマウスにおいてオキシトシン神経細胞を一過的に活性化することで、機能不全を改善できるかを試した。オキシトシン神経細胞を任意の時期に活性化する実験には、薬理遺伝学と呼ばれる手法を用いた。その結果、いずれの時期に活性化させた場合でも、社会性行動が改善され、小細胞性オキシトシン神経細胞におけるオキシトシンの発現量も顕著に上昇することがわかった。

特に、生後2日目のまだ社会性行動を示さない幼若なマウスでも、オキシトシン神経細胞の活性化が有効で、その効果は成熟後まで持続した。この社会性回復モデルにおいて視床下部室傍核の細胞の発現遺伝子を一細胞RNA sequence法で網羅的に解析すると、小細胞性オキシトシン神経細胞において発現の低下していた遺伝子が回復傾向にあることが明らかになった。その中には、オキシトシン遺伝子自身も含まれていた。これらの結果は、社会性の発達障害に対して新生期や思春期の介入治療が原理的に可能であることを示している。

社会性不調の治療標的検討において重要な知見

今回の研究では、妊娠期のバルプロ酸投与という環境要因による社会性不調モデルマウスを用いることで、社会性の発達障害の背景に小細胞性オキシトシン神経細胞の脆弱性があり、この神経細胞に対する刺激治療が有効である可能性が示された。これまでに、このような特定の神経細胞の脆弱性は、パーキンソン病におけるドーパミン神経細胞など神経変性疾患ではよく知られていたが、社会性の不調を伴う発達障害のモデルで体系的に検討されたのは初めてのことである。今後は、さまざまな遺伝子変異による社会性不調モデルマウスでも共通して、小細胞性オキシトシン神経細胞に選択的なダメージがあるのかを検討することが重要である。また、小細胞性オキシトシン神経細胞の脆弱性が生じる原因についてもさらなる研究が必要である。

自閉スペクトラム症の治療戦略の一環として、鼻粘膜からオキシトシンを吸収させる経鼻スプレーが試されているが、現時点では治療効果は限定的であると考えられている。「今回の研究で確立した社会性不調の回復モデルは、遺伝子組み換えを伴う薬理遺伝学の手法を用いているため直ちにヒトへと応用することはできない。しかし、社会性回復モデルにおける刺激条件や遺伝子発現回復のメカニズムを深く理解することは、ヒトの社会性不調の治療標的を検討する上でも重要なステップになると期待される」と、研究グループは述べている。

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