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人間の愛着形成の理解を深める上で、サルが優れたモデル動物と判明-東工大ほか

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2024年02月29日 AM09:00

ヒトに近い親子関係を持つモデル動物が必要

東京工業大学は2月22日、小型の霊長類であるコモン・(以下、)の家族における子育てと愛着発達の関係性について観察研究を行い、マーモセットが人間の子育てと愛着の優れたモデル動物であることがわかったと発表した。この研究は、同大生命理工学院生命理工学系の黒田公美教授と北海道大学の矢野(梨本)沙織助教、Trinity College Dublin(トリニティ・カレッジ・ダブリン)のAnna Truzzi(アンナ・トルッツイ)研究員、理化学研究所の篠塚一貴研究員(研究当時)、上智大学総合人間科学部の齋藤慈子教授、慶應義塾大学 医学部の岡野栄之教授、京都大学ヒト行動進化研究センターの中村克樹教授らとの共同研究によるもの。研究成果は「Communications Biology」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

哺乳類の子どもは未発達な状態で生まれ、他者に育ててもらわなければ生きていくことができないため、親や近しい大人を覚え慕い、「愛着」を形成する。幼い頃に形成された愛着は、成長後の心の健康や社会性の基礎となるため、愛着形成が脳にどのような変化をもたらすのか、げっ歯類やマカクザルなどを中心に研究が行われてきた。しかしヒトは多くの哺乳動物と異なり、安定した夫婦関係を築き共同で子育てを行うため、ヒトの愛着に関する理解を深めるためには、よりヒトに近い親子関係を持つモデル動物が必要とされてきた。

南米原産のマーモセットは、ヒトと同じように夫婦とその子から成る家族単位の群れを形成し、家族ぐるみで幼い子の世話を協力して行う。黒田公美教授らは2022年にマーモセットの家族の子育て行動を詳細に観察し、子育て行動を「子の鳴きへの世話行動の早さ(感受性)」と、「子を拒絶せずに背負い続ける忍耐強さ(寛容性)」で定義し、寛容性をつかさどる前脳の責任脳領域を明らかにした。今回は親子関係の中でも研究が遅れている、子から家族への愛着行動に注目し、マーモセットの子育てと愛着発達の関係性について調べた。

マーモセットの子どもと家族個体との1対1の関係を観察

研究グループは、子どもと家族個体との1対1の関係を観察する「子の回収試験」を用い、子と家族個体の行動や鳴き声をそれぞれ記録した。

観察されたことは次のような内容だった。ひとりにされた子どもは鳴いて家族を呼び、それを聞いた家族個体が子どもを背負いに行く。その際、子どもは家族をきちんと見分けていて、見知らぬ個体を避けて家族個体にしがみつく。子は、家族個体にしがみつくと安心してすぐに鳴き止む。自力での移動が困難な生後3週までは、子どもはほとんど常に家族に背負われていて、自分から降りたり、背負いを拒否したりすることはまれである。しかし、一部の家族個体に対しては、子どもが背負われることを避けたり、背負われているにも関わらず不安が解消されず頻繁に鳴いたりする様子が認められた。

子は家族個体それぞれに合わせて柔軟に振る舞い方を変える

こうした家族個体の子育てスタイルを調べてみると、子どもが鳴いていても無視したり、背負っている子どもを噛んだり壁や床にこすりつけたりして拒絶することが多いという特徴を持つことがわかった。言い換えれば、子どもは、困っている時に助けてくれる(感受性の高い)家族個体を求める傾向にあり、辛抱強く背負ってくれる(寛容な)個体と一緒にいると安心できる、ということを示している。さらに、同一の家族個体に対しては、子どもたちのとる愛着行動のパターンが似通っていたことから、家族個体によって子どもは柔軟に振る舞い方を変えていることがわかった。

家族との自然な関わりの中で、子は愛着を調節する力や自立力を身につける

次に、このような愛着の発達過程を明らかにする目的で、多子や家族の不調などのやむを得ない理由で家族から離されて育った子ども(人工哺育子)の愛着を調査した。その結果、人工哺育子は、家族の中で育った子ども(親哺育子)とは違い、柔軟な愛着行動の調節ができなくなっていることが明らかになった。人工哺育子を元の家族のケージに時々戻してやると、家族たちは親哺育子・人工哺育子を分け隔てなく助け、背負おうとする。しかし、人工哺育子は寛容で感受性が高い家族個体に対しても背負われるのを避けたり、ほんの少し拒絶されただけですぐに離れたりするために、ひとりで過ごす時間が長くなることが見受けられた。さらに、親哺育子であれば自立して、ひとりで過ごせる日齢に成長しても、人工哺育子は家族を避けつつひとりのままでいながら、鳴いて助けを求め続けるという矛盾した行動が認められた。これらの結果から、相手に応じて柔軟に愛着を調節する力や、次第に自立していく力は、家族との自然な関わりの中で身についていくと考えられた。

ヒトとマーモセットの愛着行動に多くの共通点

ヒトの発達心理学的研究において、子の愛着パターンは親の子育てパターンによって影響を受けることが知られている。今回の研究では、マーモセットの子は困ったときにすぐ助けてくれる家族個体、かつ辛抱強く背負ってくれる家族個体を求め、またそのような個体と一緒にいると安心することがわかった。これはヒトで言う「安定型」に似た愛着といえる。また、人工哺育個体では、ヒトで虐待・ネグレクトを受けた子どもに現れやすいという「無秩序・混乱型」に似た、ひとりで鳴き続けながら同時に相手を避けるという矛盾した愛着パターンを示すことも明らかとなった。これらのことから、ヒトとマーモセットの愛着行動の間に多くの共通点があることがわかった。

マーモセットをモデルとして愛着の脳内機構の研究進展へ

幼い頃の愛着形成は、情緒や社会性の発達の基礎となり、成長後の心の健康や対人関係にも重要な役割を果たすことが知られている。一方、幼少期に十分な愛着の形成ができず、情緒の発達や周囲の人々との人間関係に困難を生じている状態を「愛着障害」と呼び、近年注目を集めている。しかしながら、愛着の脳内メカニズムに関する研究はその他の行動と比較して遅れており、愛着の形成によって脳内でどのような変化が起きているのか、また愛着障害が起こる脳内メカニズムなどは明らかにされていない。

研究により、ヒトとよく似た家族構造を持つマーモセットにおいて、家族の養育スタイルに応じて子が柔軟に愛着を変える、子が自立していく力は家族の中で育まれるうちに身につく、といったヒトとよく似た多くの特徴を見出すことができた。ヒトに似た親子関係をもつマーモセットをモデル動物として愛着の脳内機構を研究することで、ヒトの愛着形成のメカニズムの解明や、愛着障害の理解や対策につながると期待される。

「マーモセットの子が幼少期に受けた養育が子の発達に及ぼす長期的な影響や、子の愛着行動を司る脳部位の探索についても研究を進めている。こうした研究を通じて、ヒトの親子関係を科学的に理解し、客観的で効果的な育児支援につなげることを目指す」と、研究グループは述べている。

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