医療従事者の為の最新医療ニュースや様々な情報・ツールを提供する医療総合サイト

QLifePro > 医療ニュース > 医療 > 健常者の「うつ気分」の変化を客観的に測れる脳波活動を発見-筑波大

健常者の「うつ気分」の変化を客観的に測れる脳波活動を発見-筑波大

読了時間:約 3分
このエントリーをはてなブックマークに追加
2023年09月05日 AM11:05

脳波からうつ病の早期発見に成功した例はなかった

筑波大学は9月1日、健常者のうつ度を推定可能な脳波活動を発見したと発表した。この研究は、同大システム情報系の森田昌彦教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。


画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)

うつ病は「こころの風邪」とも言われるが、自殺の大きな原因ともなる深刻な病気であり、早期発見と治療が重要だ。ところが、風邪の場合の体温のような早期発見を可能にする客観的な生理指標が確立しておらず、長年にわたってさまざまな方法が研究されている。中でも脳波は、計測が容易で装置も比較的安価であるため、これを用いてうつの度合いを測ることができれば、風邪の場合の体温計に相当するものが実現できると考えられる。

脳波に関しては最近の深層学習を用いることにより、うつ病患者と健常者の脳波を高精度で識別できることが多数報告されている。しかし、これらの方法は、うつ病の結果生じた認知機能の低下を捉えている可能性が高く、うつ病の早期発見に成功した例はない。例えばGoogleのグループ会社であるAlphabet X社は、2017年に脳波からうつ病の兆候を捉える研究プロジェクトを開始したが、目的を達成できないまま3年余りで終了している。

うつ傾向と相関のある脳波活動を捉えることに成功、PRRがうつの度合いに関連

研究グループは今回、独自の機械学習技術を用いて健常者の脳波解析を行った結果、うつ傾向と相関のある脳波活動を捉えた。

さらに、研究グループのうち1人の脳波を長期間計測して解析を進めた結果、特に位相リセットの頻度()が、その日のうつ気分の度合いに応じて変化していることが判明した。

PRRとDDスコアとの相関係数が、脳波周波数の変化に対して正負を大きく変動

この結果の一般性を確認するため、参加条件を付けずに募った実験参加者10人にポータブル脳波計を自宅に持ち帰ってもらい、自分の脳波を2~4週間毎日計測してもらった。測定データはノートPCに記録され、その時の気分についてもアンケートに毎日回答してもらった。そして、アンケートの結果から、うつ気分の強さを表す尺度(Depression‒Dejectionスコア、以下DDスコア)を求め、2~32Hzの間の40の周波数におけるPRRなどの特徴量とDDスコアとの相関を調べた。

その結果、5人の実験参加者については、PRRとDDスコアとの相関係数が、脳波周波数の変化に対して大きな正の値と大きな負の値の間を往復して変動し、この変動の大きさは統計的に有意だった。また、相関係数が正および負のピークとなるときのPRRの差を取ると、DDスコアとの相関係数が0.68~0.88という高い値を示し、脳波からDDスコアが実用的な精度で推定できることが明らかになった。その他の実験参加者も、計測日数が少ないため統計的に有意ではないものの、同様な現象が見られたという。ただし、相関係数がピークとなる周波数(特性周波数)は、実験参加者間でかなりの違いがあったとしている。

PRRがうつの認知機能低下ではなく、うつ気分の変化で変化した可能性

実験参加者のうち抗うつ剤を服用していた1人を除く9人は健常者だったことなどから、特性周波数におけるPRRは、うつによる認知機能の低下ではなく、うつ気分の変化を反映して変化したと考えられた。このような知見はこれまで全く得られておらず、どのような仕組みで生じるのかは不明だ。しかし、脳の広い領域で観測されることなどから、何らかの未知な神経メカニズムによる可能性があるという。

体温計に近い実用性を備えたうつ度計や早期治療法開発を目指す

今回の研究は、まだ小規模なパイロット研究の段階で、生理指標として確立するには多くの課題がある。それでも、うつ気分の変化を反映する脳波活動が捉えられたことは、学術的にも社会的にも大きな意義がある。うつ病では、うつ状態が2週間以上続くことが診断基準の一つとなっている。体温を測るように客観的にうつ度を測定できれば、うつ状態がある程度続いた段階で受診することが期待でき、うつ病の早期発見が促進されると考えられる。同研究では電極数の少ない安価なポータブル脳波計を用いており、うつ度の推定に必要な脳波計測の時間も1分程度であることから、体温計に近い実用性を備えたうつ度計が実現できる可能性がある。このことはうつ病の治療効果の確認や、新規治療法の開発にも役立つ可能性がある。

「今後、多方面の協力を得ながらより大規模な実験を実施し、生理指標としての確立や実用性の向上を図るとともに、PRRがうつ気分によって変わる仕組みの解明や、うつ病の早期治療法の開発にも取り組む予定だ。また、本研究成果に関して筑波大学より2件の特許を出願しており、産学連携を通じた実用化も目指している」と、研究グループは述べている。

このエントリーをはてなブックマークに追加
 

同じカテゴリーの記事 医療

  • 肝線維化の治療薬候補を同定、iPS細胞から誘導の肝星細胞で-東大ほか
  • 「ストレス造血時」における造血幹細胞の代謝調節を解明-東北大ほか
  • 食道扁平上皮がんで高頻度のNRF2変異、がん化促進の仕組みを解明-東北大ほか
  • 熱中症搬送者、2040年には日本の都市圏で2倍増の可能性-名工大ほか
  • 日本人がアフターコロナでもマスク着用を続けるのは「自分がしたいから」-阪大ほか