同種造血幹細胞移植後に起こる致死的な合併症
京都大学は10月27日、補体レクチン経路のエフェクター酵素であるMASP-2を阻害するモノクローナル抗体「narsoplimab」が、従来治療と比較し、移植後血栓性微小血管障害症(TMA)患者の生命予後を有意に改善することを明らかにしたと発表した。この研究は、同大医学部附属病院の松井宏行特定病院助教、諫田淳也講師、新井康之講師、髙折晃史教授らの研究グループと、イタリア・ミラノ大学のAlessandro Rambaldi教授らの国際共同研究によるもの。研究成果は、「Blood Advances」にオンライン掲載されている。

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移植後TMAは、同種造血幹細胞移植後に起こる合併症の一つ。発症頻度は移植後患者の5~10%程度と比較的まれであるが有効な治療法がなく、移植後TMA患者の1年生存率はわずか16.9%と致死的な合併症である。これまでは免疫抑制剤の減量や新鮮凍結血漿の輸注といった支持療法が治療の主体だったが、病態の解明が進み、前処置や免疫抑制剤による血管内皮細胞の障害を契機として補体経路が過剰に活性化され、さらなる血管内皮の障害を引き起こすことで微小血栓が形成され、臓器障害に至ることが明らかとなってきた。
TMA治療薬候補「narsoplimab」、従来療法との比較は行われていなかった
米国Omeros社で開発されたモノクローナル抗体である「narsoplimab」は、この補体経路活性化の引き金となるMASP-2(Mannan-binding Lectin-associated serine protease-2)の阻害効果を有している。ミラノ大学のRambaldi教授らのグループを中心に行われた単アーム第2相試験(TMA-001試験)では、narsoplimabで治療された移植後TMA患者のTMA発症100日後の生存率68%と非常に良好な治療成績が報告されている。しかし、希少かつ致死的な合併症であることから従来療法で治療されたコントロール群が設定されておらず、真の有効性は十分に明らかになっていなかった。
同大と関連病院からなる「Kyoto Stem Cell Transplantation Group(KSCTG)」では、移植データベースに基づく2次調査を行い、従来療法で治療された移植後TMA患者に関する詳細なレジストリーデータを構築し、発症リスク因子や転帰について報告をしていた。そこで今回、Rambaldi教授らのグループと連携し、移植後TMAに対する従来療法と比較した際のnarsoplimabの有効性を明らかにするための国際共同研究を行った。
narsoplimab治療を受けた77症例と従来療法121症例を比較
対象は、同大医学部附属病院とその関連病院で造血幹細胞移植を受けた2,420例からKSCTGによる2次調査で診断基準を満たした移植後TMA 121症例(従来療法群)、ならびにTMA-001試験に登録された28症例、拡大アクセスプログラム(EAP)によりnarsoplimabで治療された49症例。従来療法と比較した際の narsoplimabが生命予後に与える影響を解析した。従来療法群とnarsoplimab群の比較として、KSCTG群とTMA-001群/KSCTG群とEAP群/KSCTG群とTMA-001+EAP群の3つの比較解析を行った。比較解析には、逆確率重み付け法を用いてコホートごとの患者背景やリスク因子の違いを厳密に補正し、Cox比例ハザードモデルでnarsoplimabの従来療法に対する有効性を評価した。
従来療法と比較して死亡リスクが6~7割低下、生命予後が有意に改善
その結果、narsoplimabは従来療法で治療された場合と比べて、6~7割程度死亡リスクを低下させ、移植後TMAの予後を有意に改善させることが明らかになった。具体的には、KSCTG群とTMA-001群の比較では、全生存(OS)のハザード比(HR)0.25(95%信頼区間 0.19-0.34、p<0.0001)となり、narsoplimabによる治療を受けたTMA-001群でOSが有意に改善することが示唆された。
同様に、KSCTG群とEAP群の比較ではOSのHR 0.38(95% CI 0.28-0.51、p<0.0001)、KSCTG群とTMA-001+EAP群の比較でもOSのHR 0.28(95% CI 0.22-0.37、p<0.0001)とnarsoplimab群でOSの有意な改善がみられた。
予後不良因子ごとのサブグループ解析でも有意な改善を確認
さらに、移植後TMAの予後に影響する予後不良因子(LDH≧2xULN、急性GVHD、臓器障害、全身性感染症)を有するサブグループごとに従来療法群(KSCTG群)とnarsoplimab群(TMA-001+EAP群)のOSを比較した。その結果、LDH≧2xULNグループでは、1年生存率が従来療法群11.4%に対してnarsoplimab群50.3%と有意に改善を認めた(p=0.0002)。急性GVHDグループ(16.2% vs 54.5%、p<0.0001)、臓器障害グループ(11.0% vs 45.9%、p<0.0001)、全身性感染症(16.6% vs 35.2%、p<0.0001)のサブグループでもOSの有意な改善を認めた。
これらの結果から、narsoplimabは従来の支持療法と比べて有意に移植後TMAの予後を改善することが明らかになった。また、予後不良因子を有する高リスク症例でも有効であり、移植後TMAに対する新規治療として更なる移植成績の向上に寄与しうることが示唆された。
移植後TMAに対する有効性を証明、今後の承認に期待
今回の研究により、補体経路、特にレクチン経路の新規阻害薬であるnarsoplimabが従来の支持療法を主体とした治療と比較して有意に生存期間を延長することが初めて明らかになり、レクチン経路の阻害が移植後TMAの治療標的として有望である可能性が示された。また、同研究のコントロール群となったKSCTGデータは、統一されたプロトコールの下に実施された2次調査に基づくレジストリーデータであり、希少疾患や移植関連合併症に対しては詳細な調査に基づくレジストリー構築が有用であることを改めて示唆するものと考えられる。
「narsoplimabは現時点では日本を含めた海外でも未承認の薬剤であり、今後、本比較データをもとに承認を受け実臨床でも使用可能となることが期待される」と、研究グループは述べている。
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