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低悪性度IDH変異神経膠腫、患者データの数学的解析で最適な治療戦略が判明-名大ほか

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2021年08月05日 AM10:55

低悪性度IDH変異神経膠腫の悪性化を防ぐための最適な治療・タイミングは?

名古屋大学は8月3日、数学的解析を用いて、低悪性度IDH変異神経膠腫の悪性化を抑えるのに最適な治療法を明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科・脳神経外科学の青木恒介特任助教、夏目敦至准教授、東京大学大学院新領域創成科学研究科メディカル情報生命専攻の波江野洋特任准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Cancer Research」のオンライン版に掲載されている。


画像はリリースより

びまん性神経膠腫は、中枢神経系悪性腫瘍の約80%を占め、世界保健機関(WHO)により、その病理組織学的および臨床的挙動に応じて、グレードII~IVに分類されている。WHO悪性度IIのびまん性神経膠腫の約80%がIDH(IDH1もしくはIDH2)遺伝子変異を持ち、通常、低悪性度IDH変異神経膠腫と呼ばれている。この腫瘍は、一般的に緩徐な増殖を示すが、しばしば悪性化を起こし、高悪性度の腫瘍として再発し生命を脅かす。

歴史的には、低悪性度IDH変異神経膠腫に対して、症状が出現するまで治療を行わないいわゆる「様子見(wait-and-see)」治療が好まれることが多かったが、その後、早い段階での手術の有効性が示されたこと、また水が染み込むように周りに広がる性質(びまん性浸潤)を持つことから、手術単独での治癒は期待できないことにより、現在では手術と共に化学療法や放射線治療が広く行われている。化学療法や放射線治療は腫瘍の増大を抑える一方で、遺伝子変異を引き起こすことで悪性化を誘発する可能性も報告されている。それぞれの患者に対し、どの治療をどのタイミングで行うのが悪性化を防ぐために最適な治療であるかはわかっていない。

MRIデータと治療歴から腫瘍進行に関する数理モデル構築、網羅的な遺伝子変異解析も

これまでさまざまな悪性腫瘍の実験データや臨床データを解釈するために、数学的なアプローチ()が適用されてきた。この手法を用いることで、限られたデータからデータの裏にある機序を推定したり、例えば「すでに有効であるとされている治療を行わない患者群を設ける」など倫理的に行うことができない比較を、コンピューター上でシュミレーションしたりすることが可能となる。

今回、日本の10施設で治療された276例の低悪性度IDH変異神経膠腫のMRIから算出した腫瘍体積と治療歴を含む時系列データを用いて、治療による影響を加味した腫瘍増殖に関する数理モデルを構築。さらに網羅的な遺伝子変異解析を行うことで、各治療が腫瘍の増殖および悪性化に与える影響を推定し、各症例おいて悪性化を防ぐ最適な治療戦略を明らかにすることを目指した。

現在では、低悪性度IDH変異神経膠腫は1番染色体の短腕(1p)と19番染色体の長腕(19q)が共に欠失(1p/19q共欠失)している症例(IDHmut/1p19codel)と、していない症例(IDHmut/1p19noncodel)で、臨床経過などが大きく異なることから、これらを別サブタイプとして分類する分類が、WHOを含め広く用いられており、本研究においても同分類を採用し解析を行った。

化学療法や放射線治療を行うことで細胞あたりの悪性転化リスクが増加

各患者の経過中の腫瘍体積変化から治療毎の腫瘍増殖速度を推定したところ、手術単独に比べ、化学療法や放射線治療を行うと、明らかに腫瘍増殖速度が緩徐になっていた。続いて、数学的アプローチを用いて細胞あたりの悪性転化リスクを推定した。具体的には1)腫瘍細胞が遺伝子変異などの「悪性化に関わるイベント」を稀に獲得し、これが一定数蓄積された段階でその細胞は悪性化すると仮定し、2)化学療法や放射線治療は、これらの治療を受けていない腫瘍細胞に比べ「悪性化に関わるイベント」を獲得する確率を変化させると仮定して、各症例の経過中の悪性化リスクを計算した。実際に悪性転化した人と悪性化しなかった人を比較し、最も当てはまりがいい値を採用した。その結果、化学療法や放射線治療を行うことで細胞あたりの悪性転化リスクが、手術のみを行った細胞に比べて1.8〜2.8倍になることがわかった。

特定の遺伝子変異パターンを示す場合は、術後治療がむしろ悪性化を早めてしまう

続いて算出した各値を用いて、さまざまな症例において治療法および治療開始時期をさまざまに変化させて悪性転化時期がどう変化するのかをシミュレーションを行った。その結果、悪性化を防ぐ理想的な治療法が異なることがわかった。小型の腫瘍(初回手術時体積が50cm3以下)では、手術後速やかに化学療法と放射線療法を開始することが、悪性化を防ぐ最適な治療法とわかった。

一方、大型の腫瘍(手術時体積が50cm3以上)では、染色体1p/19q共欠失を持たない腫瘍では、手術後速やかに化学療法と放射線を開始することが最適な治療法であったが、1p/19q共欠失を持つ腫瘍では、十分な手術摘出を行うことが困難、またIDHmut/1p19codelにおいてPI3K(PIK3CAもしくはPIK3R1)変異を持たない場合には、術後治療がむしろ悪性化を早めてしまうことが明らかになった。

同時に、もしも実際の診断時より腫瘍が小さな段階で診断し治療を行うことができた場合に悪性化の時期がどう変化するのかをシミュレーションしたところ、腫瘍が可能な限り小さい段階で手術し、化学療法および放射線を行うことが、悪性化を防ぐのに極めて重要であることがわかった。つまり、低悪性度IDH変異神経膠腫の悪性を防ぐ上で、早期診断早期治療が極めて重要であることが示された。

「研究成果をもとに、低悪性度IDH変異神経膠腫の各患者にとって、悪性化を防ぎ、結果として生存率を向上させる治療が行っていける可能性が高いと考えている。また、本解析アプローチは、新たな治療法や他の悪性腫瘍にも応用可能な汎用性の高いものであると考えている」と、研究グループは述べている。

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