視覚情報によって味覚への期待を生む現象、高齢者では未検証
東京科学大学は10月22日、地域在住高齢者を対象に調査と実験を行い、形や色といった視覚情報が味覚の期待や食選択に影響を及ぼすことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医歯学総合研究科摂食嚥下リハビリテーション学分野の戸原玄教授、山口浩平講師、金井亮太氏(大学院生)、および東京大学大学院経済学研究科の元木康介講師らの研究グループによるもの。研究成果は、「Food Quality and Preference」に掲載されている。

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世界的な高齢化の進展に伴い、高齢者の食欲低下や低栄養が大きな課題となっている。加齢によって味覚や嗅覚が低下すると、食事の楽しみが失われ、栄養バランスの乱れや健康状態の悪化につながることが知られている。先行研究より、食品の色や形といった視覚情報が味覚の期待を生み出す「感覚間協応」が若年層で確認されていた。一方、高齢者を対象とした検証はほとんど行われていなかった。
感覚間協応は高齢者にもある?実際の食選択に影響を及ぼす?
そこで今回の研究では、視覚と味覚の結びつきが高齢者にも存在するのか、さらにそれが実際の食選択に影響を及ぼすのかを明らかにすることを目的とした。研究グループは、地域在住の高齢者を対象に2つの研究を実施した。
高齢者も若年者と同様に感覚間協応が成立、赤や緑と味覚の対応は世代間で差
まず、アンケート調査(Study 1)を行い、31人の高齢者と55人の若年成人に対して、形や色と味覚との対応関係について尋ねた。その結果、高齢者も「ハート型やピンク色は甘い」「星型や黒色は苦い」といった対応関係を示し、若年者と同様に感覚間の協応が成立していることが確認された。ただし、赤や緑といった色の味覚対応には世代間で差が見られ、食文化や経験が影響している可能性が示唆された。
視覚情報が食選択に影響、主に「食前の期待」段階で
次に、35人の高齢者を対象に食品を用いた実験(Study 2)を実施した。ハート型・ピンク色のおかゆゼリー(甘さを期待)と、星型・黒色のおかゆゼリー(苦さを期待)を提示したところ、「甘さ」を想起させるゼリーが有意に多く「最初の一口」として選ばれた。これは、視覚情報が食選択に大きな役割を果たすことを示す結果であった。
一方で、実際に食べた後の味覚評価では視覚の影響は弱まり、実際の味覚が優先されることも明らかになった。これらの結果から、高齢者でも視覚的な手がかりが食選択に影響を及ぼす一方で、その効果は主に「食前の期待」段階で発揮されることがわかった。
高齢者の低栄養など、食品の「見た目」を工夫する改善案を提示
今回の研究は、高齢者における食欲低下や低栄養の問題に対して、食品の「見た目」を工夫するという新たな改善案を提示するものである。例えば、タンパク質補助食品や介護食に「甘さ」を想起させる色や形を取り入れることで、より栄養価の高い食品を選びやすくすることが期待される。従来の栄養改善策が「味そのもの」に焦点を当ててきたのに対し、同研究は「視覚的工夫」によるアプローチを提案しており、高齢者の健康寿命の延伸や介護予防に大きく貢献する可能性がある。
今後は、異なる疾患背景や生活環境を持つ高齢者も対象に検証
同研究には、対象者の数や使用した食品の種類に制約があり、提示した食品も単色のゼリーに限定されていた。そのため、今後は、より多様な食品形態や実際の食事場面での検証が必要である。また、今回は健常な高齢者を対象としたが、摂食嚥下障害や認知機能障害などを有する人において感覚間協応が成立するか、さらにそれがどのように行動に影響するのかは明らかになっていない。今後は、異なる疾患背景や生活環境を持つ高齢者にも対象を広げ、食経験や文化的要因との関連も探ることで、より汎用性の高い知見を積み重ねていくことが求められる。さらに、実験室的条件にとどまらず、介護施設や在宅など実際の食環境における研究を通じて、感覚間協応の実践的意義を検証していくことが今後の課題である、と研究グループは述べている。
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・東京科学大学 プレスリリース


