131I治療の限界を克服へ、短飛程アルファ線でがん細胞を狙い撃ち
大阪大学は10月7日、難治性甲状腺がん患者を対象に、アルファ線を体内から放出する新たながん治療薬「アスタチン」を用いた医師主導治験(ヒト初回試験)を実施し、治療の安全性と、高用量群における高い治療効果(腫瘍マーカーの50%以上の低下や画像診断での病変消失)を確認したと発表した。この研究は同大大学院医学系研究科の渡部直史講師、富山憲幸教授(放射線医学)、向井康祐助教、福原淳範寄附講座准教授、下村伊一郎教授(内分泌・代謝内科学)、理化学研究所仁科加速器科学研究センター羽場宏光室長らの研究グループによるもの。研究成果は、「Journal of Nuclear Medicine」にオンライン掲載されている。

画像はリリースより
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甲状腺がんの多くが分化型甲状腺がんと呼ばれ、ヨウ素を取り込む性質を有している。現在、分化型甲状腺がんの転移再発に対する治療では、専用の病室に入院した上で、放射性ヨウ素(131I)を用いた治療が実施されている。しかし、繰り返しの治療を行っても十分な治療効果が得られない場合があり、専用病室が不足しているという問題があった。また131I治療抵抗性の患者に用いられる分子標的薬は毎日の継続的な内服が必要であり、副作用で続けることが難しいケースが課題となっている。従来の放射性ヨウ素(131I)が放出するベータ線に対して、アスタチンから放出されるアルファ線は短い飛程で高いエネルギーを放出することから、周囲の正常組織に影響を与えることなく、がん細胞を狙い撃ちにして治療することが可能である。アスタチンは加速器(サイクロトロン)を用いた製造が可能であることから、世界的に関心が高まっており、同大は世界有数のアスタチンの研究拠点となっている。
今回、同大において難治性甲状腺がんに対する新たな治療薬としてアスタチン化ナトリウム([211At]NaAt)注射液を開発。理化学研究所RIビームファクトリーにおいてアスタチン原料を大量製造する技術開発と同大への安定供給を行い、大阪大学医学部附属病院において自動分離精製装置を用いた治験薬GMP製造体制を確立した。
中・高用量群で高い治療効果を確認、重篤な副作用なく安全性を実証
今回研究グループは、放射性ヨウ素(131I)等の標準治療にて十分な治療効果が得られない難治性の分化型甲状腺がん患者を対象とした、アルファ線治療薬アスタチン化ナトリウム([211At]NaAt)の安全性、薬物動態、有効性を確認するための第1相医師主導治験(Alpha-T1試験)をヒト初回単回投与試験として実施した。対象となった患者の多くが、これまで3回以上の131I治療を実施しても、十分な治療効果が得られず、肺や骨に多発する転移病変を伴っていた。低用量(1.25MBq/kg)から開始して、2.5MBq/kg、3.5MBq/kgと徐々に用量を増やしていき、合計11人の患者にそれぞれ単回投与を行った。
投与から半年後までの慎重な経過観察を行った結果、投与直後に一時的な吐き気などはあったが、重篤な副作用を認めることなく、同治療薬が安全に投与できることを確認した。また治療効果については、中・高用量群(2.5または3.5MBq/kg、合計9人)のうち、3人で腫瘍マーカー(サイログロブリン)が投与開始前から50%以上の低下、また3人で放射性ヨウ素(131I)を用いた画像診断において、転移病変への131I集積の消失(1人は完全消失、2人はほぼ消失)を確認した。従来治療で抵抗性を示した患者であっても、アスタチンを用いた標的アルファ線治療の有効性を示すことができた。
従来の131Iの製造には医療用の原子炉が必要であり、100%海外からの輸入に頼っている。今回の治験では国内の加速器を用いて、アスタチン(211At)が製造され、かつ治験薬としての全身投与により、固形がんで治療効果が得られることを世界で初めて実証した。
外来で投与可能な、患者に優しい治療法となる可能性
今後、医薬品としての承認を目指して、橋渡し先企業のアルファフュージョン株式会社(大阪大学発スタートアップ)が企業治験を実施し、引き続き安全性・有効性の評価が行われる。将来的には、既存の131I治療と異なり、専用病室への入院が必要のない、外来で投与可能な患者に優しいがん治療法となることが見込まれる。
「大阪大学核物理研究センターに竣工したTATサイクロトロン棟に住友重機械工業社製の新型サイクロトロンが搬入され、まもなくアスタチンの大量製造が開始される。将来的には、日本全体での供給ネットワークが構築され、日本全国の医療機関でアスタチンを用いた標的アルファ線治療薬の投与が実施可能となることを目指す」と、研究グループは述べている。
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