男性性機能障害の治療、中枢性・末梢性の包括アプローチが不足している
岡山大学は10月17日、「オキシトシン」の経鼻投与により雄ラットの性的モチベーションと精子機能を同時に改善する二重作用メカニズムを世界で初めて明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院環境生命自然科学研究科博士前期課程の榎本千夏大学院生(研究当時、理学部生物学科4年)、同学術研究院環境生命自然科学学域(理)の越智拓海准教授、坂本浩隆教授(神経内分泌学)、広島大学大学院統合生命科学研究科の島田昌之教授の研究グループによるもの。研究成果は、「The Journal of Sexual Medicine」にオンライン掲載されている。

画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
男性性機能障害は、勃起不全(ED)、射精障害、性欲低下など多岐にわたる症状を呈し、男性の生活の質(QOL)に深刻な影響を与えている。現在利用可能な治療法は、PDE5阻害薬のような末梢性勃起メカニズムに主眼を置いたものや、ドーパミン作動薬のような中枢(性欲)に作用するものなど、単一の側面にのみ焦点を当てることが多く、中枢と末梢の両方のメカニズムを同時に標的とする包括的アプローチは限られている。また、男性更年期障害(LOH症候群)に伴う性欲減退や性機能低下に対しては、アンドロゲン補充療法が効果的であるが、前立腺肥大症や前立腺がんなどの重篤な副作用のリスクがあり、アンドロゲン非依存的な治療戦略の開発が急務となっている。
今回研究グループは、愛情ホルモンとして知られている「オキシトシン」の作用に着目。この脳ホルモンは母子の愛情形成だけでなく、男性の性機能に重要な役割を果たすことが明らかになってきている。そこで、オキシトシン経鼻投与による中枢・末梢二重標的メカニズムを検証した。
雄ラットにオキシトシン投与で視床下部ニューロンが活性化、性行動を誘発
研究では、成熟雄ラットに「オキシトシン」を経鼻投与し、中枢神経系への作用を神経活性マーカーであるリン酸化ERK(pERK)に対する免疫組織化学染色法により解析した。結果、視床下部ニューロンにおいて顕著な神経活性化を確認した。
行動学的解析では、4週間の性行動トレーニング期間中に射精に至らなかった性的不活発な雄ラットに対してオキシトシン経鼻投与を行ったところ、マウント潜時と挿入潜時が有意に短縮し、射精潜時も短縮傾向を示した。さらに、マウント、挿入、射精の各行動頻度がコントロール群と比較して有意に増加した。
精子運動率・前進運動率が有意に向上、副性器を選択的に活性化
また、末梢生殖機能への効果については、1週間の慢性オキシトシン経鼻投与を行った個体に対して、コンピュータ支援精子解析システム(CASA)により精子機能を評価した。結果、精子運動率、前進運動率、精子数がすべて有意に向上した。また、精巣上体、精嚢、前立腺の重量が有意に増加し、生殖機能の改善が示唆された。一方、体重と精巣重量には変化がなく、オキシトシンが精巣上体上皮細胞機能と副性器活性を選択的に増強する作用をもつことが示された。
複合的な男性性機能障害の治療戦略へ、畜産・動物繁殖への応用にも期待
今回の研究で明らかになったオキシトシンの中枢・末梢の二重作用メカニズムは、従来の単一標的治療では解決困難な複合的な男性性機能障害に対する新たな治療戦略を提供する可能性がある。特に、性的モチベーション低下と精子機能低下を併発する患者において、単一の治療介入で両方の問題に対処できる画期的なアプローチとして期待される。
また、経鼻投与という非侵襲的な投与方法は、血液脳関門を通過して脳に直接作用し、同時に全身循環にも到達する可能性もあるため、中枢・末梢の二重効果を実現する理想的な薬物送達システムとなり得る。今後の臨床研究により、現在の治療法では効果が限定的な患者に対する新たな治療選択肢として確立される可能性がある。
「異分野横断的な観点では、同じ哺乳類のウシ・ブタなどの偶蹄類を主に扱う畜産業界において、従来の電気刺激などによる侵襲的な精液採取に代わる動物にやさしい繁殖管理技術として応用できる可能性もある。また、イヌ・ネコなどの伴侶動物や、絶滅危惧種などの希少動物における動物にやさしい自然な繁殖行動の促進と精子機能改善により、より効果的な次世代型の繁殖プログラムの実現が期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・岡山大学 プレスリリース


