精子運動に重要と考えられるcAMP産生酵素sAC、その制御機構は未解明
大阪大学は10月10日、精子の運動を駆動する中心分子である「サイクリックAMP(cAMP)」の産生を制御する新たな機構を発見したと発表した。この研究は、同大微生物研究所の飯田理恵特任助教(常勤)、宮田治彦准教授、伊川正人教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「PNAS(米国科学アカデミー紀要)」に掲載されている。

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不妊は先進国でカップルの約6組に1組が直面する深刻な問題であり、そのうちおよそ半数は男性側に原因があるとされている。中でも、精子がまったく動かない、あるいは動きが弱い精子無力症は、男性不妊症の主な原因のひとつである。精子の運動を引き起こす中心的な役割を担っているのがcAMPという分子である。このcAMPは、精子の中に存在するsAC(可溶性アデニリルシクラーゼ)というタンパク質によってつくられ、精子の尾を動かす仕組みを活性化することで、精子が泳ぐ力を生み出している。しかし、sACが精子の中でどのように制御されているのかについては、不明な点が多く残されていた。
精巣特異的に発現する「TMEM217」に着目、欠損マウスは精子運動不全で不妊
研究グループは、精巣で特異的に発現する機能未知のタンパク質TMEM217に注目した。このTMEM217を欠損させたマウスを作製し解析したところ、雄のマウスは完全に不妊であることがわかった。顕微鏡による観察では、精子はほとんど動いていないことが確認された。これらの結果から、TMEM217が精子の運動に不可欠な役割を果たしていることが明らかになった。
TMEM217はSLC9C1と協働してsACを安定化、精子運動を制御と判明
精子が動かなくなる原因を明らかにするために、研究グループは分子レベルで詳細な解析を行った。その結果、TMEM217はSLC9C1という別のタンパク質と協働し、精子の中で”運動スイッチ”として機能する仕組みを形成していることが明らかになった。TMEM217とSLC9C1は、精子が泳ぎ始めるために必要なcAMPをつくるsACを安定に保つ働きを持っている。ところが、TMEM217が欠損するとsACが精子内から消失し、cAMPの産生量が大きく減少してしまう。その結果、精子はcAMPが不足することで動けなくなってしまうことがわかった。
cAMP類似体添加でTMEM217欠損精子が回復、正常な子マウス誕生
研究グループは、TMEM217を欠損させた精子に、cAMPと同じ機能をする分子としてcAMP類似体を添加した。その結果、精子の運動性が回復し、体外受精によって受精卵が得られ、正常な子マウスを誕生させることに成功した。このことは、TMEM217欠損による不妊がcAMPの不足に起因することを強く示しており、TMEM217-SLC9C1-sAC複合体がcAMP産生を介して精子の運動を制御する主要な機構であることが証明された。
精子”運動スイッチ”の仕組み解明、cAMP補充による新治療法開発に期待
男性不妊症の多くは、精子がうまく泳げないことが原因である。今回の研究では、精子が泳ぎ始めるために必要な”運動スイッチ”の仕組みが初めて明らかになった。この発見は、男性不妊症の原因をより詳しく理解するための手掛かりとなり、診断法の開発につながると期待される。さらに、cAMPを外から補うことで、動かなかった精子が再び動き出し、受精・出産にまで至ることがマウスで示された。「こうした成果は、精子無力症などの男性不妊症に対する新しい治療法の開発に貢献すると考えられる」と、研究グループは述べている。
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・大阪大学微生物研究所 研究成果


