組織老化とがん発生、その異なる組織運命生むプロセスや因果関係は未解明
東京大学医科学研究所は10月6日、幹細胞とその周囲の微小環境(ニッチ)が、化学的・物理的な遺伝毒性のタイプ(ゲノムストレスタイプ)に応じて拮抗的な応答経路を使い分け、個々の色素幹細胞の運命(増殖か枯渇か)を決定していることを明らかにしたと発表した。この研究は、同研究所老化再生生物学分野の西村栄美教授、毛利泰彰助教、理化学研究所生命医科学研究センターの清田純チームディレクター、東京科学大学(旧:東京医科歯科大学)の並木剛准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Nature Cell Biology」にオンライン掲載されている。

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多くの組織が加齢とともに次第に加齢性の変容・機能低下を示す一方で、がんの発生頻度が上昇する。医療費が高騰する超高齢化社会において、加齢関連疾患を予防・制御することで健康寿命の延伸が望まれており、老化やがんの発生機序を根本から理解することはその基盤となる重要な課題である。近年のシークエンス技術の進歩によって、一見正常に見える若い組織においても変異の入ったクローンの拡大が既に始まっていることが明らかになっている。
現在、老化やがん化の理解に向け、DNA損傷、エピゲノム、代謝、炎症といったさまざまな後天的な因子の研究がそれぞれ進んでいるが、どのようにして典型的な老化や加齢関連疾患を引き起こすのか、その因果関係やプロセスは未解明である。加齢における「老化細胞」の蓄積が炎症を引き起こすため老化するとされ、細胞老化の除去による健康、若返りに大きな関心が集まっている。しかし、加齢による組織の変性(組織老化)とがんの発生は混在しながらも異なる組織運命で、その鍵を握るトリガーとなる遺伝毒性タイプの違い、細胞動態を含め、両者の違いがいつ、どのように生じるのか、生体内でのプロセスや因果関係が未解明だった。
老化モデルとして色素幹細胞の枯渇による白髪に着目、メラノーマ発症との関連を解析
白髪は、毛包内の色素幹細胞およびその子孫細胞の枯渇によって生じる目に見える代表的な老化形質である。そのため皮膚は、細胞レベル、組織レベルでの老化研究を行うための優れたモデルである。そこで研究グループは、白髪や色素細胞系譜のがんであるメラノーマ発症の鍵となる色素幹細胞を1幹細胞レベルで可視化し、その運命を追跡することで、老化とがん化の幹細胞運命の違いから組織運命の違いを引き起こす仕組みを細胞レベル、分子レベルで明らかにする研究を行った。
ゲノムストレスにより色素幹細胞は「白髪化」か「がん化」に分かれると判明
その結果、研究グループはさまざまな化学的・物理的なゲノムストレスがある中で、色素幹細胞の挙動へ与える影響の側面から、ゲノムストレスは大きく2つに分けられることを明らかにした。放射線などのストレスにより、色素幹細胞においてDNAの二重鎖が切断されると(DSBs)、色素幹細胞において細胞老化に連動した分化(老化分化)のプログラムが誘導され、その結果、毛包から色素幹細胞が排除されることで白髪となる。このプログラムは、幹細胞が自己複製するタイミングと同調し、p53-p21経路が活性化することで誘導されることが明らかとなった。
一方で、皮膚にとって代表的な発がん性のゲノムストレスであるDMBAや紫外線などは、色素幹細胞の老化分化を抑制し、自己複製を促進することで色素幹細胞が毛包から排除されることを抑制することが明らかとなった。つまりこれらの結果は、白髪はがんのリスクを有する色素幹細胞を排除する現象であり、一方で、発がん環境下ではこのプログラムが回避されることで、がんの発生が許容されることを提唱している。
発がん性のゲノムストレス、アラキドン酸代謝とKITLを活性化し老化分化を抑制
さらに分子レベルでの解析を行ったところ、発がん性のゲノムストレスがアラキドン酸代謝とニッチ因子KITLを活性化することで色素幹細胞の老化分化を抑制していることが明らかとなった。これらの結果は、DSBsによって品質の低下した幹細胞が組織内に残存することで、将来的ながん発症の起点となる創始クローンを生み出すリスクが増加することを示している。
安易な若返り治療にはがんリスクも、生体内での老化・がん化プロセスの正確な理解が重要
今回の研究により、色素幹細胞とそのニッチが、ゲノムストレスの種類に応じて拮抗的なストレス応答を介することで、個々の色素幹細胞の運命を拮抗的に左右し、それらの総和として白髪とメラノーマという異なった組織全体の運命が累積的に決定されることが明らかとなった。
この研究成果は、安易に頭皮を活性化するとがんのリスクを上昇させうることを意味しており、実際に白髪が顕著に回復する現象がメラノーマの警告サインであるとする症例報告もある。巷で語られる若返り・アンチエイジングの科学的根拠や安全性の担保が不十分であることも多く、美容診療におけるトラブルも少なくない。「生体内での老化・がん化プロセスを正確に理解することで、真に安全かつ有効な治療戦略や健康長寿戦略へとつながると考えられる」と、研究グループは述べている。
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・東京大学医科学研究所 プレスリリース


