認知機能障害や運動機能低下をもたらすタウオパチー、有効な治療薬が存在しない
名古屋市立大学は9月25日、多発性硬化症の治療薬として臨床応用されているフィンゴリモド(FTY720)を認知症タウオパチーモデルマウスに投与すると、脳内のCD8陽性T細胞を増加させ、タウのリン酸化や脳の萎縮を促進させることを見いだしたと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科脳神経科学研究所認知症科学分野の齊藤貴志教授、上西涼平大学院生、肱岡雅宣講師、および熊本大学生命資源研究・支援センター動物資源開発研究施設(CARD)資源開発分野の竹尾透教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Brain Communications」に掲載されている。

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タウオパチーとは、神経細胞の微小管結合タンパク質の一つであるタウが、リン酸化などの翻訳後修飾を受けることで、細胞内で蓄積・凝集し、その後、神経細胞が脱落することで認知機能の低下を招く神経変性疾患の総称である。タウオパチーの分類として、進行性核上性麻痺、大脳基底核変性症、ピック病などが知られており、アルツハイマー病(AD)もタウオパチーの一種である。疾患により症状は異なるが、認知機能障害や運動機能低下をもたらすため、患者や介護者の生活の質(QOL)を低下させることが社会問題となっている。しかしながら、タウオパチーに対する有効な治療薬はいまだ開発されていない。
病態進行に脳内T細胞が関与の可能性、治療薬FTY720の影響を検証
近年、免疫細胞であるT細胞が脳内にも存在していることが知られてきており、タウ病態の進行に関与することが示唆されている。そのため、脳内のT細胞の数や機能を制御することが、タウオパチーに対する新規治療法創出につながると期待されている。
そこで研究グループは、脳内のT細胞の数を減らすことを目的に、多発性硬化症の治療薬として臨床応用されているFTY720を、タウオパチーモデルであるP301S–Tauトランスジェニックマウス(Tau Tgマウス)に対して1か月間連日投与することで、脳内のT細胞の数やその後のタウ病態におよぼす影響を検証した。FTY720は、多発性硬化症の再発予防や身体的障害の進行抑制に用いられる免疫抑制剤であり、T細胞やB細胞などの免疫細胞表面に発現しているスフィンゴシン1-リン酸(S1P)受容体(S1PR)と結合することで、S1PRの発現を低下させる。それによりT細胞やB細胞などの免疫細胞を二次リンパ節に留めることで、末梢血中に移行できないようにするため、脳内へのT細胞の侵入を抑制する効果が期待される。
タウオパチーマウス、FTY720投与で血中のT細胞は減少
P301S–Tauトランスジェニックマウス(Tau Tgマウス)は、家族性タウオパチーの一つであるFTDP-17(17番染色体に連鎖する家族性前頭側頭型認知症パーキンソニズム)患者から見出された遺伝子変異であるP301S変異を有するタウを過剰に発現させ、リン酸化タウの蓄積、神経細胞の脱落などのタウ病理を呈する。研究グループはまず、FTY720投与の効果を検証するため、末梢血中のT細胞の存在率をフローサイトメトリーにて解析した。フローサイトメトリーとは、蛍光標識した細胞を流体中に分散させながら、さまざまなレーザー光を照射して検出器で蛍光を受け取り測定することで、特定の細胞がサンプル中にどのくらいの割合で存在するかを解析する技術である。結果、FTY720の薬効により、予想通り血中に存在するT細胞が顕著に減少していることを確認した。
脳内のCD8陽性T細胞は予想外に増加し、タウオパチー病態悪化
次に、T細胞の存在を視覚的に捉えるために免疫組織化学染色を行い、脳内T細胞数の定量を行った。その結果、予想に反してFTY720投与により脳内のT細胞、特にCD8陽性T細胞は顕著に増加した。
さらに、Tau Tgマウスにおけるタウ病態の悪性化の指標の一つであるタウのリン酸化や神経変性について検証を行った。その結果、FTY720を投与したTau Tgマウスでは、リン酸化タウの量が増加する傾向を示し、脳内のCD8陽性T細胞の数とリン酸化タウの度合いには正の相関があることを見出した。また、FTY720の投与により、Tau Tgマウスにおける神経変性・脳萎縮が悪化することも明らかになった。
これら一連の結果は、Tau TgマウスにおいてCD8陽性T細胞が脳内で増加することでタウ病態を増悪させる可能性を示している。すなわち、脳内で増加するCD8陽性T細胞を標的にすることが、タウオパチーに対する有望な治療戦略となることを示唆している。まだ、脳内でCD8陽性T細胞が増加するメカニズムは明らかになっていないが、タウオパチーの発症に免疫細胞が関与する傍証を明らかにした。
タウオパチー素因の多発性硬化症患者において、症状悪化の可能性を示唆
多発性硬化症患者へのFTY720の投薬により、脳内のT細胞が増加したケースも臨床報告されている。今回の研究は、多発性硬化症患者においてタウオパチーの素因を有する時に、FTY720の投与が脳内のT細胞を増加させ、臨床症状を悪化させる可能性も示しており、臨床的にも重要な意味を持つと考えられる。
有効な治療薬が存在しないタウオパチー、新たな治療戦略に期待
近年、タウオパチーの進行過程において、脳内におけるT細胞の増加がタウ病態を促進するという仮説が提唱されている。今回の研究では、薬理学的アプローチを通じて、その仮説を支持する知見を得るとともに、特にCD8陽性T細胞の関与が重要であることを示した。
「今回の成果は、現在有効な治療薬が存在しないタウオパチーに対して、新規治療薬の開発に資する重要な知見を提供するものである。さらに、タウオパチーの素因を有する多発性硬化症患者におけるFTY720の使用に対し、注意喚起するものでもある。今後はタウオパチーの進行過程で脳内のT細胞が増加するメカニズムの解明を進めるとともに、その制御法を確立することで、新たな治療戦略の構築を目指していく必要がある」と、研究グループは述べている。
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