妊娠期の栄養状態、産後の母子関係にどこまで影響するのか
富山大学は9月29日、妊娠中のオメガ3多価不飽和脂肪酸(オメガ3 PUFA)の摂取が、愛着形成(ボンディング)の促進と関連することを明らかにしたと発表した。この研究は、富山県立大学 三善郁代准教授(元 富山大学医学部研究生)と富山大学エコチル調査富山ユニットセンター 稲寺秀邦氏(富山大学名誉教授)らのグループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。

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ボンディングは、母親が子どもを愛し、世話したい、守りたいと思う情緒的絆のことを指す。乳児の情緒安定や社会性の発達にとって不可欠な要素であり、ボンディングが十分に形成されない場合、育児不安や虐待リスクなど深刻な問題を引き起こす可能性がある。これまで出産後の心理的要因やサポート体制がボンディングの形成に影響することは知られていたが、妊娠期の栄養状態が母子の愛着にどのような影響を与えるのかについては明確なエビデンスがなかった。一方で、オメガ3 PUFAは、胎児の脳や神経系の発達に不可欠な栄養素であり、妊婦における摂取の重要性は広く認識されている。
そこで研究グループは、環境省が実施する「子どもの健康と環境に関する全国調査(エコチル調査)」に登録された9万1,147人の妊婦を対象に、妊娠中のオメガ3 PUFAおよび魚の摂取量と産後のボンディングとの関連を検証した。
妊娠中期にオメガ3 PUFA摂取量算出、産後1か月・6か月時点のボンディングを評価
まず、妊娠中期に食物摂取頻度調査(FFQ)を実施し、オメガ3 PUFAおよび魚の摂取量を算出。産後1か月および6か月時点で、「赤ちゃんへの気持ち質問票(Mother-to-Infant Bonding Scale 日本語版)」に基づき、「母性感情の欠如(Lack of Maternal Feeling:LMF)」と「育児不安(anxiety about caregiving:AC)」の2つの因子でボンディングを評価した。
オメガ3 PUFA摂取量が最も高い群で産後の「良好な愛着形成」を確認
さらに、オメガ3 PUFAおよび魚の摂取量を五分位に分類し、産後1か月および6か月の「母性感情の欠如」および「育児不安」得点との関連を、一般化線形モデル(GLM)で検討。母体の年齢、教育、収入、精神状態など14項目の交絡因子で調整した。
その結果、オメガ3 PUFA摂取量が最も高い群では、摂取量が最も低い群と比べて、産後1か月および6か月の両時点で「母性感情の欠如」「育児不安」ともに有意に低く、良好な愛着形成が認められた(p < 0.001)。また、魚の摂取量については一部の因子でのみ関連が見られたが、オメガ3 PUFAの摂取量に比べ、明確な関連は確認できなかったとしている。
健全なボンディング形成のみならず、産後うつや育児不安の予防策としても有効な可能性
オメガ3 PUFAは、脳の神経伝達やホルモン分泌に関与し、情動調整に影響を与えることが知られている。今回の研究結果は、妊娠中の栄養摂取が出産後の心理的側面にまで影響を及ぼす可能性を示す重要なエビデンスである。魚そのものよりもオメガ3 PUFAの摂取との関連が明確であった点については、魚に含まれる有害物質の影響や、PUFA以外の栄養素との相互作用が関係している可能性がある。
以上のことから、妊娠中のオメガ3 PUFA摂取が母子のボンディング形成において重要であることを示唆している。今後、妊婦への栄養指導において、オメガ3 PUFA摂取を意識した食生活を提案することは、母子の健全なボンディング形成に寄与するだけでなく、産後うつや育児不安の予防策としても有効な可能性がある。
「本研究の限界として、食物摂取頻度調査による評価であり、摂取量の誤差が含まれる可能性があること、自己記入式の愛着尺度であるため主観的バイアスを完全に排除できないこと、日本国内の魚食文化を背景とした研究であるため、海外への一般化には注意が必要であることが挙げられる。今後は血中オメガ3濃度の測定やランダム化比較試験による因果関係の確認が必要だ」と、研究グループは述べている。
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・富山大学 プレスリリース


