肝臓での糖新生、乳酸とグリセロールをどう使い分けているのか?
東北大学は9月16日、運動強度によって、肝臓での糖新生に使われる基質が異なることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科糖尿病代謝・内分泌内科学分野および東北大学病院糖尿病代謝・内分泌内科の金子慶三講師、堀内嵩弘特任研究員、片桐秀樹教授らのグループによるもの。研究成果は、「Nature Metabolism」に掲載されている。

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グルコースは、ヒトが活動するために欠かせないエネルギー源である。食事中の炭水化物は分解され、グルコースに変換されるが、体内には空腹や運動などに備えてグルコースを作り出すことで低血糖を防ぎ、全身にエネルギーを届ける仕組みが備わっている。この仕組みは「糖新生」と呼ばれ、主に肝臓で行われる。
糖新生では、脂肪や筋肉からのさまざまな基質を用い、肝臓でいくつかの代謝反応を経てグルコースが合成される。運動中の筋肉は、血液中のグルコースをエネルギー源として大量に消費するため、それに応じて肝臓では糖新生が促進される。運動中の糖新生の代表的な基質は、筋肉の活動によって生じる乳酸と考えられ、それを用いてグルコースを作る仕組みを中心に研究が進められてきた。一方で、肝臓内の糖新生には、脂肪分解によりできるグリセロールを基質にする仕組みも存在するが、これらの糖新生の仕組みの役割の違いは解明されていなかった。
研究グループは、これまでに肝臓における糖や脂質の代謝が全身の代謝バランスを維持する仕組みについて長年研究を行ってきた。今回は、肝臓が「運動中はどの基質をどのように用いてグルコースを作り、エネルギー源を供給しているか」を明らかにするための研究を行った。
マウスを用いて、糖新生の基質と運動強度の関連を検証
実験では、遺伝子改変技術を用いて乳酸もしくはグリセロールからの糖新生ができないマウスを作製した。それぞれのマウスに「長時間ゆっくり走る」と「短時間で速く走る」の2種類の運動をさせて、代謝に関する解析を行った。
激しい運動では乳酸、軽い運動ではグリセロールが糖新生に用いられる
その結果、乳酸からの糖新生ができないマウスでは、対照の通常マウスに比べて速く走る運動の走行時間が減少した。一方、グリセロールからの糖新生ができないマウスは、対照の通常マウスに比べてゆっくり走る運動の走行時間が減少した。このことから、激しい運動では乳酸、軽い運動ではグリセロールと、運動の強さに合わせて、基質を使い分けてグルコースを作ることで、効率よく運動中のエネルギー供給を維持していることが明らかになった。
また、乳酸から糖新生ができないマウスをゆっくり走らせたところ、グリセロールからの糖新生が亢進し、走行時間が増加した。グリセロールから糖新生ができないマウスでは、乳酸からの糖新生が亢進し、速く走る運動の走行時間が増加した。
肝臓での酸化還元反応を促進すると、運動強度に関わらず持久力が向上する
このような糖新生亢進と運動能力向上の原因を調べる過程で、さまざまな代謝反応を調節する酸化還元反応に着目した。体の中では、NAD+(酸化型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)がNADH(還元型ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)になり、またNADHがNAD+に戻る、という酸化還元のサイクルが繰り返されることで代謝の流れが促進される。
そこで、NAD+の再生を促進するタンパク質をマウスの肝臓で作らせたところ、ゆっくり走る場合はグリセロールを、速く走る場合は乳酸を使った糖新生が亢進し、運動の強さに関わらず持久力が上昇した。この効果は、トレーニングよりも顕著だった。
これらの結果から、運動時の肝臓の糖新生では、長時間ゆっくり走る場合は豊富に存在する脂肪分解によりできるグリセロールを、短時間に速く走る場合には筋肉で素早く作られる乳酸を用いて、グルコースを産生し運動を持続させることがわかった。さらに、肝臓の酸化還元バランスを調節すると、運動中に肝臓に流れ込んだグリセロールや乳酸をさらに効率よくグルコースに変えることが可能となり、強弱いずれの運動に対しても、持続時間を増やすことができることが明らかになった。
運動能力を向上させる新しいメカニズム、サルコペニア予防・肥満治療への応用に期待
今回の研究では、肝臓がグルコースとしてエネルギーを筋肉に供給することにより運動能力を決定していること、さらには基質の種類ごとに異なる糖新生代謝経路がある意義を明らかにした。マウスで得られた結果はヒトにも応用できる可能性があり、これまで考えられていなかった「肝臓にフォーカスを当てた運動能力を向上させる手法」の開発につながるものと考えられる。
「乳酸は筋肉から、グリセロールは脂肪から作られることから、このメカニズムを制御することで筋量を維持しながら脂肪を燃焼させることが可能になる。つまり、サルコペニアを予防しながら効率よく減量できる運動療法や、新たな肥満治療法を生み出すことにもつながると期待される」と、研究グループは述べている。
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