着床を促すサイトカインに代わる化合物は知られていなかった
麻布大学は9月18日、インターフェロン様活性を持つ化合物(薬剤)「RO8191」が、マウスにおいて受精卵(胚)の着床を誘導できることを発見したと発表した。この研究は、同大獣医学部の滝川颯太学部学生、寺川純平講師、伊藤潤哉教授、名古屋大学大学院生命農学研究科の徐均蘭(じょ・きんらん)博士後期課程学生、飯田敦夫助教、本道栄一教授、医学系研究科の村岡彩子講師、阮加里(げん・かり)博士課程学生、愛知医科大学の大須賀智子教授の共同研究グループによるもの。研究成果は、「Scientific Reports」に掲載されている。

画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
ヒトの不妊症やウシなど産業動物の受胎率の低下は、近年大きな社会問題となっている。体外受精や顕微授精などの技術で作製した受精卵(胚)のうち、およそ40~80%が妊娠に至らないことが報告されている。不受胎の原因には、胚の質や子宮内膜の状態など複数の要因が関わっており、受胎率を向上させるための具体的な方法が求められている。
胚着床とは、子宮に到達した胚が子宮内膜の上皮細胞に接触し、接着して定着し、胎盤形成へと至る過程である。ヒトやマウスでは、接着後に胚が子宮内膜に浸潤する過程が続く。この過程は、卵巣から分泌されるプロゲステロン(黄体ホルモン)とエストラジオール(女性ホルモン)によって誘導される。これらのホルモンは子宮内膜におけるサイトカインの分泌を促し、炎症反応を引き起こすことで胚着床を成立させる。マウスでは特に、インターロイキン6(IL6)ファミリーに属するサイトカインである白血病阻止因子(LIF)が重要であり、子宮腺から分泌されたLIFが、子宮内膜上皮細胞に存在する受容体(LIFRとGP130)に結合し、転写調節因子STAT3を活性化することで着床反応が進む。
しかし、これまでLIFに代わって胚着床を誘導できる化合物(薬剤)は知られていなかった。また、STAT3のリン酸化を人工的に引き起こした場合に、着床から妊娠維持まで可能となるかどうかも不明であった。
RO8191のマウス投与で効果的に着床を誘導、不妊マウスにも効果
研究グループは、インターフェロン様活性を持つ化合物「RO8191」がSTAT3を活性化できることに着目し、マウスでLIFの代わりに胚着床を誘導できるかを検証した。
まず、着床遅延モデルで調べたところ、RO8191は子宮上皮細胞と間質細胞においてSTAT3を活性化し、高い割合で胚着床を誘導できることがわかった。
さらに、子宮上皮細胞でLIFR、GP130、STAT3をそれぞれ欠損させた3種類の遺伝子改変マウスにRO8191を投与して検証した。これらのマウスでは通常、LIFが存在してもシグナル伝達が行えないため、胚着床不全によって不妊になるが、結果、RO8191はLIFR欠損マウスにおいて子宮上皮細胞と間質細胞のSTAT3を活性化し、胚着床を成立させ、妊娠の維持が可能であることが明らかになった。
不妊症の新しい治療法、産業動物の受胎率を高める技術開発に期待
これらの結果は、マウスにおいて薬剤投与によって胚着床を誘導できることを初めて示したものである。同時に、胚着床の成立には間質細胞でもSTAT3活性化が必要であることを明らかにし、着床メカニズムの理解を大きく進めた。今回の成果はマウスで得られたものだが、ヒトやウシなどの反芻動物においてもSTAT3の活性化が子宮内膜の受容能獲得に重要であることが報告されている。研究グループは今後、ヒトや反芻動物の子宮内膜に対するRO8191の効果を含めて研究を進め、不妊症や低受胎に対する新しい治療法や着床機構のさらなる解明につなげたいとしている。
「不妊症の新しい治療法の開発や着床機構の理解を進める基盤となるとともに、将来的には動物医療分野における受胎率向上への応用にもつながる可能性がある」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・麻布大学 プレスリリース


