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スマホ認知行動療法を開発、AIによる個別最適化で抑うつ状態改善を促進-京大

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2025年08月26日 AM09:30

「閾値下うつ状態」の精神療法、治療の個別最適化が課題だった

京都大学は8月21日、どういう人にどの認知行動スキルが有効かをAIにより解析し、個人ごとに最適な治療を推奨し介入効果を高める「個別最適化治療(POT)アルゴリズム」を開発したと発表した。この研究は、同大成長戦略本部の古川壽亮特定教授、統計数理研究所の野間久史教授、医学研究科健康増進・行動学分野の田近亜蘭准教授、豊本莉恵特定助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「npj Digital Medicine」にオンライン掲載されている。


画像はリリースより
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うつ病は連続的なスペクトラムとして存在し、診断基準を満たさない「閾値下うつ状態」(subthreshold depression)も一般的に見られる。このように病気のレベルに達しない抑うつ状態は、社会機能の障害、生活の質の低下、医療サービス利用の増加、死亡率の上昇と関連しており、個人の負担は重症うつ病ほどではないものの、その高い有病率から社会全体の経済的コストは同規模に達するとされている。さらに、閾値下うつ状態を経験する個人は、大うつ病エピソードへ進行するリスクが3倍も高いことが指摘されている。

精神療法はうつ病の全スペクトラムにわたって効果的であり、現在のガイドラインでは、閾値下から軽度の大うつ病に対して精神療法を一様に推奨している。しかし、メタアナリシスによれば、精神療法を受けた参加者の約半数がフォローアップ期間中も症状が残存する可能性があり、治療法の改善が喫緊の課題となっている。

この改善に向けた有望なアプローチの一つが、個々の患者の特性に合わせてさまざまな精神療法を最適化し、個人レベルおよび集団全体の有効性を高めることである。これは、治療効果を左右する予後因子と効果修飾因子の特定に基づいた、いわゆる「精密医療」への高い期待とニーズがあることを意味する。これまでの精神療法の精密医療の研究は、単一の介入と非治療対照の比較に留まることが多く、複数の治療選択肢の中から個々人に最適な治療を推奨し、それが集団全体のアウトカムを改善するかどうかという、公衆衛生上より重要な問いには答えられていなかった。

世界最大規模のスマートフォンCBT試験のデータを分析して開発

研究グループは、個人の特性に合わせて最適な精神療法を推奨する「個別最適化介入(POT)アルゴリズム」を開発。このアルゴリズムは、日本で実施された世界最大規模のスマートフォン認知行動療法(CBT)無作為化比較試験(RESiLIENT試験)のデータを用いて、AIにより構築された。RESiLIENT試験には4,469人の成人が参加し、行動活性化、認知再構成、問題解決、アサーショントレーニング、睡眠行動療法という5つのCBTスキルまたはその組み合わせ、あるいは対照群のいずれかを6週間にわたって受けた。全ての介入が対照群に比して有効であることが確認されている。

POT介入により治療効果が35%向上

POTアルゴリズムは、ベースライン情報と早期の治療反応を用いて、26週目時点での抑うつ症状(PHQ-9スコア)の変化を予測し、各参加者に最適なCBTを推奨する。例えば、PHQ-9スコアが4点以下の参加者にはそれぞれの特徴に応じてアサーショントレーニングまたは不眠行動療法を実施することが最適で、一方5点以上の参加者には行動活性化+認知再構成、行動活性化+問題解決、あるいは行動活性化+アサーションの効果が大きいことがわかった。

シミュレーションでは、POTによる介入は対照群と比較して抑うつスコアを-1.41点改善させた。これは、グループ平均で最も効果的だった治療と比較して35%効果が高いことを示している。特にグループ平均ではベストとされた治療が最適ではない人々ではその人にマッチした個別最適化介入を受けることで64%の効果増が得られた。

スマホアプリ実装が期待される一方、独立したランダム化臨床試験が不可欠

今回開発されたPOTアルゴリズムは、多くの治療選択肢の中から個人ごとに最適な治療法を推奨する、初の精密医療アルゴリズムであり、独立した無作為化試験で効果が確認されれば臨床的に極めて価値があると考えられる。スマートフォンアプリ内での実装も可能であり、アプリは個人の強みや弱みを特定することで、なぜ特定のスキルが選択されたのかを説明できるため、患者の理解と治療へのコミットメントを促進する可能性を秘めている。

しかし、実用化にはいくつかの課題と今後の研究が必要だ。現在の最適化は介入の非常に初期段階(2週目まで)のみを対象としており、参加者が治療経過から外れた場合や、反応しない場合、または再発のリスクがある場合などに対応するための縦断的な最適化が必要と考えられる。また、RESiLIENT試験には、中等度から重度のうつ病症状がある参加者、特に自殺念慮のある参加者は含まれていなかった。「これらの人々に対するPOTアルゴリズムを確立するための新たな研究が求められる」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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