骨肉腫、治療の鍵は「がん幹細胞」の制圧
岐阜大学は8月6日、骨肉腫のがん幹細胞の幹細胞性や腫瘍形成能を制御する因子・シグナルを発見したと発表した。この研究は、同大大学院連合創薬医療情報研究科・高等研究院One Medicineトランスレーショナルリサーチセンター(COMIT)/岐阜薬科大学薬理学研究室の檜井栄一教授、岐阜薬科大学薬理学研究室の徳村和也氏らの研究グループと、山梨大学医学部附属病院の市川二郎特任准教授との共同研究によるもの。研究成果は、「Cell Death & Disease」のオンライン版に掲載されている。

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骨肉腫は骨にできる悪性腫瘍であり、原発性悪性骨腫瘍の中で最も発生頻度が高い。進行すると激しい痛みが持続的に生じるとともに、肺への転移による呼吸困難、神経や血管の圧迫によるしびれやむくみ、全身衰弱などにより生活の質は著しく低下する。骨肉腫の罹患は10~20歳代で多く、日本では人口100万人あたり1~1.5人程度の発生頻度となっている。化学療法の進歩などにより患肢温存率は高くなっているものの、肺などへの遠隔転移のある症例や治療後に再発・転移を来した場合には依然として予後は不良である。
「がん幹細胞」は腫瘍全体を作り出す、がん細胞の起源となる細胞であり、抗がん剤や放射線に対して治療抵抗性を持つことが知られている。近年の研究から、他の難治性がんと同様に骨肉腫においても、がん幹細胞が治療抵抗性の一因であることがわかってきた。したがって、がん幹細胞を制圧することができれば、骨肉腫の治療成績の向上につながると考えられる。しかし、骨肉腫のがん幹細胞の特性や機能がどのようにして制御されているのかについて、全貌は明らかになっていなかった。
患者の腫瘍組織ではPDK1発現が亢進、生存率と負の相関
多くのがん細胞は、ミトコンドリアでの酸化的リン酸化よりも解糖系に依存したエネルギー代謝によりATPを産生する。一方、がん幹細胞は環境などに応じてユニークで多様な細胞内エネルギー代謝特性を示す。
今回の研究ではまず、バイオインフォマティクスの手法を用いて、骨肉腫患者の腫瘍組織を解析した。その結果、骨肉腫のがん幹細胞ではピルビン酸脱水素酵素キナーゼ1(PDK1、ピルビン酸代謝を調節する酵素)の発現が亢進していた。このことは、酸化的リン酸化に比べて、解糖系が亢進していることを意味する。さらに、PDK1を高発現する骨肉腫患者では生存率が低いことが明らかになった。
PDK1阻害により骨肉腫の進行・転移が顕著に改善、マウスで確認
次に、がん幹細胞におけるPDK1の役割の解明を試みた。骨肉腫のがん幹細胞でPDK1の働きを抑えた「PDK1不活性化細胞」を作製したところ、がん幹細胞の機能的な指標であるスフィア形成能が大幅に低下した。このPDK1不活性化細胞をマウスに移植すると、腫瘍の進展が著明に抑止された。これらの結果から、がん幹細胞の幹細胞性と腫瘍形成能にはPDK1が必要であることが示された。
PDK1不活性化細胞について、さらに解析を行ったところ、がん幹細胞の機能を調節する転写因子であるATF3の発現が低下し、TGF-βシグナルが抑制されていることがわかった。したがって、PDK1はATF3/TGF-βシグナルを調節することで、がん幹細胞の機能を制御していると考えられた。
最後に、PDK1を阻害することで骨肉腫の進展や遠隔転移を抑制できるかを検証した。骨肉腫のがん幹細胞をPDK1阻害剤で処理したところ、スフィア形成能が低下した。さらに、がん幹細胞を移植したマウスにPDK1阻害剤を投与すると、骨肉腫の進展や肺への転移は顕著に改善された。
骨肉腫の根治につながる新たな創薬ターゲットとして期待
今回の研究によって、PDK1による細胞内エネルギー代謝バランスの調節が骨肉腫のがん幹細胞の幹細胞性や腫瘍形成能に重要な役割を果たしていることが明らかになり、PDK1や細胞内エネルギー代謝シグナルが骨肉腫の治療における有望な創薬ターゲットとなることが示された。
「本研究成果は、がん幹細胞の特性や機能を制御する仕組みについて新しい知見を提供しただけでなく、がんの根治にはがん幹細胞の制圧が重要という概念に新たなエビデンスを付与した。今後、PDK1阻害剤と既存薬を併用することで、さらに治療効果を高めることができるかどうかを検討していきたい」と、研究グループは述べている。
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