良性の腺腫と類似の甲状腺濾胞がん、診断確定には手術が不可欠
東京都健康長寿医療センター研究所は8月6日、血液中に含まれる「細胞外小胞」に含まれるタンパク質RAB21が、がんと腺腫を区別する指標(バイオマーカー)となることを発見したと発表した。この研究は、同研究所プロテオームの川上恭司郎研究員、三浦ゆり研究部長、帝京大学医学部内科学講座、金地病院などの研究グループによるもの。研究成果は、「Oncology Letters」に掲載されている。

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甲状腺の濾胞性腫瘍の診断は、未解決の重要な研究課題の一つである。甲状腺がん全体の約10~15%を占める甲状腺濾胞がんは、良性の濾胞腺腫と細胞の形や構造が極めて類似しており、細胞診や画像検査では確実な診断ができない。診断を確定するには、腫瘍の被膜への浸潤や血管への浸潤を組織学的に確認する必要があるため、手術による摘出が不可欠である。しかし、手術を受けた患者の中には術後に良性と判明する場合もある。これは患者にとって大きな身体的・精神的負担となるだけではなく、医療費の増大や医療の効率化という観点からも問題となっている。
血液中の細胞外小胞に含まれるタンパク質マーカーRAB21を同定
そこで今回、研究グループは血液中の「細胞外小胞(extracellular vesicles)」(エクソソーム)に着目。細胞外小胞は、細胞から放出される直径約100ナノメートル(髪の毛の太さの約1000分の1)の微小な粒子で、細胞の情報を運ぶ「メッセンジャー」のような役割を果たしながら血液中を循環している。小胞中には放出した細胞のタンパク質・核酸・脂質などが含まれているため、血中の細胞外小胞を調べることにより疾患の診断につながるものと期待されている。そこで研究グループは、甲状腺濾胞がんから放出される細胞外小胞が、術前診断に役立つのではないかと考えた。
研究グループは、甲状腺濾胞がんと濾胞腺腫の患者から採取した血液から細胞外小胞を精製し、質量分析装置(LC-MS/MS)で詳しく分析。その結果、639種類のタンパク質を検出し、その中からがん患者と腺腫患者で有意に発現量が異なる18種類のタンパク質を特定した。特にタンパク質RAB21は、がん患者の血液中の細胞外小胞では良性腫瘍患者と比べて多く含まれていることが判明した。
RAB21、がんの転移・浸潤など悪性化プロセスに関与
RAB21は、細胞内の物質輸送に関わる重要なタンパク質である。研究グループは、培養した甲状腺濾胞がんの細胞株を用いて、RAB21の機能を詳しく調べた。遺伝子操作技術を使ってRAB21の働きを抑制したところ、がん細胞の移動能力が著しく低下することを確認した。これは、RAB21ががんの転移や浸潤といった悪性化プロセスに関与していることを示す重要な発見だとしている。
血液検査による診断法実用化で、不要な手術回避が可能に
今回の研究成果は、甲状腺がん診療に大きな変化をもたらす可能性がある。血液による術前検査が実用化された場合、本当に手術が必要な患者を特定でき、不要な手術を減らすことができる。これにより、診断精度の向上と医療効率の最適化を同時に実現できる。また、この血液検査による診断法が実用化された場合、不要な手術を避けることができ、患者の身体的・精神的・経済的な負担を軽減できる。また、外来での簡単な採血検査のため、入院や回復期間が不要で、日常生活への影響を最小限に抑えることができると期待される。
その他、RAB21ががん細胞の移動能に重要な役割を果たすことが明らかになったため、この分子を標的とした新しい治療薬の開発が期待できる。特に、転移を抑制する治療法や、がんの進行を遅らせる治療法の開発につながる可能性がある。同検査法は採血という体への負担が少ない方法で実施でき、外来で簡単に行うことができる。また、血液検査は繰り返し実施できるため、治療効果の判定や再発の早期発見にも活用できる可能性がある。これにより、より個別化された治療計画の策定や、長期的な経過観察の質の向上が期待される、と研究グループは述べている。
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・東京都健康長寿医療センター研究所 プレスリリース


