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「患者の感情に寄り添った対応」を支援するAI技術を開発-筑波大

読了時間:約 2分41秒
2025年08月19日 AM09:10

医療現場で重要な「寄り添い」、非接触で感情推定するMERシステムの有効性は?

筑波大学は8月5日、感情を捉える非接触AIで、医師の共感負担を軽減する新技術を開発したと発表した。この研究は、同大システム情報系 善甫啓一准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「IEEE Access」に掲載されている。


画像はリリースより
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高齢化の進行やがん患者の増加により、医療現場では患者の感情に寄り添った対応の重要性が高まっている。特に緩和ケアなどの高ストレスな場面では、医師が患者の感情を正しく理解し共感的に応じることが、治療の満足度や信頼関係の構築に大きく影響する。しかし、感情認識には個人差があり、医師によって精度や対応にばらつきが生じることがある。また、共感的対応を続けることで、医師自身が精神的に疲弊する「共感疲労」のリスクも指摘されている。

このような背景から、AIを用いて医師の感情認識を支援する技術が求められている。中でも、音声や会話の内容、生理的反応を統合し、非接触で感情を推定できる「マルチモーダル感情認識(Multimodal Emotion Recognition, MER)」は、患者の負担を抑えつつ活用できる手段として注目されている。しかし、医療現場での検証や医師による感情認識との比較は十分に行われていなかった。

緩和ケア専門医と模擬患者との面談で、医師とシステムの感情の読み取り精度を比較

研究グループは今回、音声、発話内容、生理的反応といった複数の情報(モダリティ)を組み合わせて、患者の感情を高精度に推定するMERの新しいフレームワークを構築した。特に注目すべき点は、ミリ波レーダーを用いることで、心拍や呼吸などの生理データを患者から非接触で取得できる点だ。これにより、患者の身体的・心理的負担を最小限に抑えることができる。

実験では、がん診療を模した臨床コミュニケーションを再現するために、緩和ケア専門の医師3人と、専門訓練を受けた模擬患者6人が参加し、計36件の模擬診察を実施した。模擬診察は、「進行がんの告知」「再発の報告」「治療中止の説明」など高ストレスな3つのシナリオに基づいて構成され、医師と患者が約15分間の対話を行った。対話中、音声はマイクで、発話内容は後から文字起こしで、そして生理信号は1.5メートル先に設置したミリ波レーダーでリアルタイムに記録された。加えて、模擬診察の様子は映像として撮影され、後述の感情記録に用いられた。

模擬診察の後、模擬患者は模擬診察の映像を見ながら、自分がそのとき実際に感じていた気持ちを、「うれしい/つらい」といった気分の傾き(快・不快)と、「落ち着いている/興奮している」といった気持ちの強さ(覚醒度)の2軸で、時間ごとに連続的に記録した。一方、医師は同じ映像を見ながら、患者がそのときにどのような感情だったかを推定し、同じ2軸で記録した。AIの学習や評価には、模擬患者の記録を基準(正解)として用い、医師の記録はシステムとの比較に活用した。AIモデルは患者の感情を「うれしい」「悲しい」「驚き」など、3種類・5種類・8種類の異なる感情パターンに分けて判定する課題に取り組んだ。分類の数が増えるほど難易度が上がるが、精度の高さを確かめるために段階的に検証を行った。

感情をどれだけ正確に捉えられたかを示す指標で、システムが医師のスコアを上回る

その結果、患者の感情を特に複雑な8つのカテゴリーに分類する精度を評価対象にしたところ、提案した非接触・マルチモーダルモデルは、F1スコア0.6088と高精度を達成した。これは医師の認識精度(F1スコア0.2864)を大きく上回るもので、AIが医師の感情理解を支援できる可能性を示した。

検証を重ね、医療コミュニケーションの質向上と医療者の負担軽減の両立を目指す

今回の研究で開発された非接触マルチモーダル感情認識技術については、今後実際の医療現場での実証実験や臨床応用に向けた改良を進めていくという。

「医師の共感的対応を支援しながら、診療中の感情変化をリアルタイムで可視化・フィードバックするツールとしての実装を目指す。さらに、高齢者介護、精神医療、緩和ケア、遠隔診療など、感情への配慮が重要な他分野への展開も視野に入れ、医療コミュニケーションの質の向上と医療者の負担軽減の両立を目指す」と、研究グループは述べている。(QLifePro編集部)

 

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