体臭を介したコミュニケーション、ヒトでの具体的なメカニズムや成分は未解明
東京大学は7月29日、ヒト女性の月経周期のうち排卵期に増加する体臭成分を3種類同定、これらの成分をモデル脇臭に添加すると、男性が嗅いだ時の不快度が軽減し、心地よさやリラックス度が上昇することを見出したと発表した。今回の研究は、同大大学院農学生命科学研究科応用生命化学専攻博士課程の大木望氏(研究当時)、白須未香特任助教(研究当時)、小倉由資准教授、平澤佑啓特別研究員(研究当時)、岡本雅子准教授、川村理恵子学術専門職員、滝川浩郷教授、東原和成教授(兼:東京大学国際高等研究所ニューロインテリジェンス国際研究機構連携研究者)らの研究グループによるもの。研究成果は、「iScience」に掲載されている。

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動物の生殖行動において、体臭は重要な情報伝達手段とされており、霊長類の複数の種においては、体臭を介したコミュニケーションの存在が観察されている。近年では、ヒトにおいても、女性の体臭が排卵期などの高い受胎可能性を示す手がかりとなる可能性があると複数の研究で示されている。例えば、男性が排卵日に近い女性の腋臭に対して、他の時期(月経期や黄体期)と比べて快い、魅力的と感じられやすいことが複数報告されている。これらの効果がホルモン避妊によって消失することから、女性ホルモンが体臭の魅力度に関与していると考えられている。しかしながら、女性の腋臭が受胎可能性に関する情報を伝えている可能性はあるものの、前述したような心理・生理的効果を持つ腋臭成分は特定されておらず、研究結果にはまだ統一的な結論が得られていない。
月経周期における腋臭成分をGC/MSで分析、匂いの質的変化も詳細に調査
研究グループは、腋臭の最適な捕集方法を検討した上で、GC/MS(ガスクロマトグラフィ質量分析)による手法を用いることで、月経周期の各時期における腋臭の成分組成を明らかにすることを目指した。また、これまで多くの研究が匂いの快・不快評価にとどまっていた点を発展させ、月経周期を通じた腋臭の匂いの質についても詳細に調査した。
排卵期に増加する3つの脂質関連化合物を特定
その結果、男性にとって排卵期の腋臭は他の時期と比べて快いと感じられる傾向が確認され、これは多くの先行研究と一致するものだった。さらに、排卵期の腋臭は他の時期と比べて「酸っぱい匂い」として評価される頻度が低く、「香粧品のような匂い」として認識される頻度が高いことが明らかになった。加えて、成分分析により月経周期に伴って変動する腋臭成分の全体像を明らかにし、排卵期に(E)-geranylacetone, tetradecanoic acid, (Z)-9-hexadecenoic acidの3つの脂質関連化合物が増加することを明らかにした。
排卵期に増加する3成分、不快な体臭を軽減し香粧品のような快い匂いに変える効果
次に、排卵期に増加する3つの成分が男性における匂いの知覚に与える影響を検証した。まず、月経周期を通じてほとんど変化のない成分で構成された匂い(ベース腋臭)と排卵期に増加する3成分を混ぜた匂い(排卵期臭)、およびその混合臭(ベース腋臭+排卵期臭)を作成し、男性に官能評価を実施した。その結果、排卵期臭は「香粧品のような匂い」「シトラスの匂い」「リラックスできる」といった評価が高くなった。さらに、ベース腋臭に排卵期臭を加えた混合臭では、ベース腋臭の「汗臭さ」「皮脂臭」「生乾き臭」「生臭い」といった否定的な印象が、有意に軽減された。そして、ベース腋臭と比べてより快く、好ましく、フェミニンな香りとして評価された。
単独も効果あるが混合で効果最大、卵胞期に増加の3成分より大きく不快度を抑制
ベース腋臭の不快感を軽減する効果は、排卵期に増加する3成分のうちいずれか1成分を単独で加えた場合にも認められたが、3成分を混合した場合に最も高い抑制効果が認められた。さらに、排卵期と近い時期である卵胞期に増加していた別の3成分を混ぜた匂いについても、同様の効果があるか検証したところ、排卵期に増加していた3成分を用いた匂いの方がより大きく不快度を抑制することが明らかとなった。
以上の結果は、男性が排卵期の女性の腋臭を他の時期よりも快く、「香粧品のような匂い」と感じた実験結果と一致しており、排卵期に増加する3成分が腋臭の魅力を高める役割を果たしている可能性を示唆している。
排卵期成分添加で男性の印象スコア上昇・ストレス指標上昇を抑制
次に、排卵期に増加する3成分の男性に対する心理的・生理的な影響を調べた。具体的には、匂いを嗅ぎながら顔印象評定と気分評定を行い、その前後で気分評定と唾液中のαアミラーゼ測定(ストレスマーカー)をしたところ、排卵期臭(排卵期の3成分を混ぜた匂い)はベース腋臭単独を呈示した際に見られたリラックス感の低下を抑制し、同時にストレス指標であるαアミラーゼ値の上昇も抑える効果が見られた。また、ベース腋臭単独の呈示下では女性の印象スコアが低下することが見られた一方で、排卵期臭をベース腋臭に加えて提示した場合では、印象スコアが上昇した。もともと印象スコアの高い顔に関しては、匂いの影響は受けなかったことは注意が必要である。
体臭由来の揮発性成分を活用し男女関係を良好にする社会実装にもつながる可能性
今回の研究の結果は、排卵期に増加する3つの成分が、男性の心理状態や女性の顔の印象に関する知覚に影響を与え、男女間のコミュニケーションに嗅覚が重要な役割を果たしている可能性を示唆している。「これらの知見は、女性の体臭に秘められた生物学的意義の解明に貢献するだけでなく、体臭由来の揮発性成分を活用して男女関係を良好にするという社会実装にもつながることが期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・東京大学大学院農学生命科学研究科・農学部 研究成果


