種特異性の問題により、大腸がんの95%以上で高発現するGPA33の医薬品は未開発
東京薬科大学は7月29日、独自の抗体創出プラットフォーム技術を用いて、腸疾患の有望な標的タンパク質「Glycoprotein A33(GPA33)」に対し、ヒトとマウスに共通して作用する新規の完全ヒト抗体の作製に成功したと発表した。この研究は、鳥取大学大学院医学系研究科の飛知和弦輝大学院生、香月康宏教授、鹿児島大学の伊東祐二教授、東京薬科大学の冨塚一磨教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Biomedicine & Pharmacotherapy」にオンライン掲載されている。

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現在、世界の医薬品売上高の上位を抗体医薬品が占めるように、がんや自己免疫疾患をはじめとする多様な疾患の治療において、その重要性はますます高まっている。しかし歴史を振り返れば、有望な治療標的分子が同定されても、医薬品開発における大きな障壁の一つが、前臨床試験で用いるマウスやラット等のげっ歯類とヒトで共通して作用する抗体が存在しないという「種の壁」だった。
これにより、基礎研究や前臨床での評価結果をヒトへ正確に外挿することが難しく、多くの医薬品開発が停滞する原因となってきた。大腸がんの95%以上で高発現するGPA33は、まさにこの種特異性の問題により、30年以上にわたり決定的な医薬品の開発には至っていなかった。
完全ヒト抗体産生動物+ファージディスプレイで、有望な抗GP33抗体断片を複数選定
研究グループは今回、この長年の課題を解決するため、染色体工学技術を基盤とする完全ヒト抗体産生動物とファージディスプレイ技術(細菌に感染するウイルスの表面に抗体の一部を発現させ、標的分子に結合するものを効率的に選び出す技術)を組み合わせ、ヒトとマウス両方のGPA33に強く結合する交差反応性抗体の創出に挑んだ。
まず、ヒトおよびマウスGPA33タンパク質を抗原として完全ヒト抗体産生動物へ免疫し、多様な抗体候補群(ライブラリ)を構築し、次世代シーケンサー(NGS)技術も活用したスクリーニングを行った。これにより抗体の機能に重要な一部分であるscFvと呼ばれる抗体断片として、目的のGPA33に結合する複数の有望な抗体候補を見出した。
特に有望な抗体を安定型で作製、GPA33を発現する細胞に強く結合することを確認
次に、これらの候補から特に有望なものをscFv抗体と、より安定なscFv-Fc抗体の2種類のフォーマットで作製し、その性能を詳細に評価した。具体的には、作製した抗体が実際にGPA33を発現する細胞に結合するか否かをフローサイトメトリー解析(レーザー光を細胞に照射し蛍光を測定することで、個々の細胞の特性を高速で解析する手法)で確認し、さらにその結合がどのくらい強力か、表面プラズモン共鳴法で精密に測定した。
その結果、フローサイトメトリー解析によって両フォーマットとも、ヒトおよびマウスのGPA33発現細胞への強い結合が確認された。また、scFv-Fc抗体はラットGPA33発現細胞にも結合活性を示し、広範な交差反応性を持つことが明らかになった。さらに表面プラズモン共鳴法では、これらの抗体が高い結合力を持つことが示された。
作製した抗体、マウス体内でも標的の腸組織へ選択的に集積
この抗体が実際に生体内で機能するかを評価するため、蛍光標識した抗体をマウスに静脈内投与し、体内動態を追跡した。その結果、これまで評価自体が困難であったマウス体内において、同抗体はいずれのフォーマットにおいても、標的である腸組織へ選択的に集積することを実証した。これは、同抗体が創薬シーズとして、生体内での有効性を評価できる段階にあることを示唆している。
種の壁を克服、高い治療効果と副作用抑制を両立するDDS開発に期待
今回の研究で創出されたヒト・マウス交差反応性抗GPA33抗体は、これまで不可能であったげっ歯類モデルにおける信頼性の高い前臨床評価を可能とし、GPA33を標的とした診断・治療薬開発を大きく加速させるものである。同研究成果は、単にGPA33という一つの標的に対する抗体が得られたというだけでなく、研究グループが持つ「完全ヒト抗体産生動物とファージディスプレイ技術を組み合わせた抗体創出プラットフォーム」が、これまで種の壁によって阻まれてきたさまざまな創薬研究において、前臨床から臨床までをつなぐ「鍵」となる抗体を提供できる可能性を示している。
「このアプローチは、標的とする分子を変えることで、他の組織のがんや希少・難治性疾患の医薬品開発においても広く応用が可能だ。本プラットフォームは、さまざまな疾患に対する高精度な診断薬やDDS(ドラッグデリバリーシステム)開発のための新たな標準的ツールとなり、医学・創薬研究の発展に大きく貢献することが期待される」と、研究グループは述べている。
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・東京薬科大学 プレスリリース


