楽観性が良好な人間関係を築くメカニズム、認知構造の類似性が関係?
神戸大学は7月22日、楽観的な人々は未来を想像する際に、類似した情報処理を行っていることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院人文学研究科の柳澤邦昭准教授および京都大学人と社会の未来研究院の阿部修士教授、中井隆介特定准教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」に掲載されている。

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現代社会において、社会的孤立や孤独感は心身の健康に深刻な影響を及ぼす問題として注目されている。こうした状況の中で、近年、楽観性(optimism)という性格特性が心理的健康だけでなく、良好な社会的つながりの形成・維持にも重要な役割を果たすことが明らかになっている。具体的には、楽観的な人ほど豊かな人間関係を築きやすく、社会的孤立や孤独感が生じにくい傾向があることが報告されている。
しかし、楽観性が良好な人間関係を築くメカニズムについては、まだ十分に解明されていない。円滑な意思疎通のためには、人々の間で物事や出来事に対する捉え方(認知構造)がある程度共有されていることが重要であると考えられる。研究グループは、この認知構造の類似性こそが、楽観性と社会的つながりを結びつける鍵となる可能性があり、未来を想像する際の認知構造は、楽観的な人々の間でより類似しているのではないかという仮説を立てた。
この仮説を検証するため、今回の研究では機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、参加者が未来を想像する際の脳活動を計測した。特に、自己関連の思考や未来を想像する際に重要な役割を果たす内側前頭前野に着目し、内側前頭前野の脳活動パターンから認知構造を読み解き、個人間でどれだけ類似しているかを、最新の解析技術で評価した。今回の研究は、「楽観的な人は、みな同じように未来を描くのだろうか?」という問いを検証することで、楽観性が良好な社会的関係を促進する脳内メカニズムの解明を目指した。
fMRIで未来を想像する際の脳活動を計測
研究グループは、fMRIを用いて2つの研究を実施し、計87人(研究1:30人、研究2:57人)の被験者を対象に検討を行った。被験者にはMRI装置内で、感情価の異なるさまざまな未来の出来事を、自分自身または配偶者の身に起きることとして具体的に想像してもらい、その際の脳活動を計測した。出来事の具体例としては、「リゾートホテルに宿泊する(ポジティブ)」、「多額の借金を背負う(ネガティブ)」などが挙げられる。
また、被験者はfMRI実験後にアンケート調査により楽観性を測定する心理尺度に回答し、その数値を用いて楽観性の程度を評価した。数値が高いほど楽観性が高く、将来の出来事をより肯定的に捉える傾向があると考えられる。なお、研究2は研究1の再現性を検討するため、類似の実験手順で実施した。
次に、得られた脳活動データを用いて、内側前頭前野を中心に被験者間表象類似度解析(IS-RSA)により個人間の脳活動パターンの類似性を検討した。また、個人差多次元尺度構成法(INDSCAL)を用いて脳活動パターンから認知構造について検討を行った。
楽観的な人々は共通の認知構造を持ち、ポジティブとネガティブな未来を明確に区別
IS-RSAによる解析の結果、楽観的な人々では、未来を想像する際の内側前頭前野における神経表象が類似した構造を持っていたのに対し、悲観的な人々ではこの構造に共通性がなく、個人ごとに特異的であることが示された。このことから、楽観的な人々は、未来を想像する際の認知的特徴において共通性を持つことが、脳の活動パターンを用いた検討により明らかになった。
さらにINDSCALによる解析では、楽観性の高い人ほど、未来の出来事の「ポジティブさ」と「ネガティブさ」を区別する次元を、より強く重視していることが明らかになった。これは、楽観的な人ほど良い未来と悪い未来を脳内で明確に区別して捉えていることを意味している。
今回の研究結果により、楽観的な人々が未来を想像する際、それぞれ具体的に思い描く未来の出来事自体は異なっていても、それらの出来事をポジティブかネガティブかという「感情的な意味づけ」を行う際に、共通した神経基盤を持っていることが明らかになった。この認知構造の類似性の背景には、楽観的な人ほどポジティブな未来とネガティブな未来の出来事を、明確に区別しているという神経メカニズムが存在することを明らかにした。
共通の認知構造が社会的関係を促進、今後の課題は「なぜ似るのか」の解明
今回の研究成果は、楽観的な人々が似た未来を想像する傾向があることが、豊かな人間関係の構築や社会的孤立・孤独感の軽減につながっている可能性を示唆している。この共通の認知構造、すなわち脳内での「感情的な意味づけ」の共通性が、楽観的な人々が互いの考えや感情を理解しやすく、良好な社会的関係を維持しやすい理由のひとつであると考えられる。今回の成果は、社会的孤立や孤独といった現代社会の問題への理解に、脳機能の観点から貢献するものと期待される。
研究グループは、今回の研究で明らかになった「認知構造の類似性」が、実際の社会的行動にどう結びつくのか、その検証が今後の重要な課題であるとした。例えば、認知構造が似ている人同士は会話が弾みやすいのか、あるいは協力して課題を解決するのが得意なのか、といった点が挙げられる。脳内での「認知構造の共有」が、現実世界での「息が合う」「わかり合える」といった体験の基盤となっているのかを、行動実験などを通じて明らかにする必要があるとした。さらに、より本質的な問いとして、そもそも「なぜ楽観的な人々の認知構造は似ているのか」という、その起源の解明が必要であるとも指摘している。「遺伝的な要因か、あるいは幼少期の経験や学習によって後天的に獲得されるものなのかといった探求は、最終的に、「なぜポジティブな心の状態は人々の間で共通のパターンを生み、ネガティブな状態は多様な現れ方をするのか」という、人間の心の普遍性と多様性に関する、より根源的な問いへとつながっていく」と、研究グループは述べている。
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