心不全・進行防止の運動、継続的実施を簡便に確認できる支援ツールが求められる
慶應義塾大学は7月2日、外来の心不全患者に対する未来型運動支援・教育啓発プログラム(SaMD)の探索的医師主導治験(多施設共同ランダム化比較試験)を実施し、その有効性と安全性を確認したと発表した。この研究は、同大医学部スポーツ医学総合センターの勝俣良紀専任講師と佐藤和毅教授、内科学教室(循環器)の山岡広季助教、香坂俊准教授と家田真樹教授、産業医科大学医学部第2内科学の片岡雅晴教授、岐阜大学医学部附属病院検査部・循環器内科の渡邉崇量臨床講師、並びに株式会社グレースイメージングの共同研究グループによるもの。

画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
心不全の進行や再入院を防ぐためには、薬などの適切な治療に加えて、運動や食事など生活習慣の改善が重要だ。このような包括的な心不全への取り組みのことを、心臓リハビリテーションと定義している。心臓リハビリテーションでは、運動を行うことが勧められているが、運動は多すぎても体に負担となり、逆に少なすぎても効果は期待できない。そのため、心肺運動負荷検査を行い、どの程度の強さの運動療法が有効なのかを調べ、患者にとって適切な運動量と運動の強さを設定し、病院に通院して運動を継続的に行うことが推奨されている。また、レジスタンストレーニングといわれる筋トレのような運動を行うことも大事である。
実際の保険診療では、退院後は通院して、病院にて専門家の下で、週に1~3回、約1時間の運動を中心とした心臓リハビリテーションを行うようになっている。しかし、そのような治療を受けられている心不全患者は、10%にも満たないと報告されている。そのため、ほとんどの心不全患者は、外来での心肺運動負荷検査の結果から、自宅で行うべき運動の量と強さを医師より説明され、自主的に日常生活の中で運動を取り入れている。しかし、このような方法では、患者も説明されたような運動ができているのか判断がしづらく、医療従事者も患者がどの程度運動できているかの評価が困難であった。したがって、患者の日常生活の中での運動量を継続的に評価・可視化し、患者と医療従事者双方が、心不全の進行や再入院を防止するための適切な運動が継続的に行われているかを簡便に確認できる支援ツールが求められている。
心不全患者への教育提供を兼ねた「運動支援アプリ」を開発
心不全の心臓リハビリテーションの実施率が低いことから、研究グループは、心不全患者の運動を支援し、心不全に関する教育を提供するアプリケーションである「運動支援アプリ」を開発した。今回の治験機器である「運動支援アプリ」は、国内・海外いずれも医療機器として承認はされておらず、この治験が初の臨床試験である。
「運動支援アプリ」には、2つの役割がある。1つ目の役割は、心不全や運動に関する情報の提供である。運動支援アプリ内から、心不全や運動に関する動画やテキストを閲覧し、知識を深めることができる。患者が自身の病気をきちんと理解することで、心不全の治療に関する積極性を促し、「運動支援アプリ」の活用を促す効果がある。2つ目の役割は、在宅での運動を支援することである。患者が装着しているFitbitスマートウォッチから歩数や脈拍数などの運動の状況の情報を「運動支援アプリ」が取得する。その情報を患者が運動支援アプリに入力する体重や生活の質などの情報と合わせて、「運動支援アプリ」とクラウドサーバーが通信し、クラウドサーバー上のプログラムが機能することで、心血管疾患におけるリハビリテーションに関するガイドラインに沿った運動量や運動の強さを提案する。レジスタンストレーニングも必要であるため、音声付きの動画に合わせて同じ運動を行うようになっている。また、患者からの声を反映させるため、心不全に特化した患者報告アウトカムであるカンザスシティ心筋症質問票をアプリ内に導入して、月1回の報告結果を基に、運動支援の一助としている。「運動支援アプリ」は慶應義塾大学医学部と共同で本アプリを開発している株式会社グレースイメージングより提供された。
運動支援アプリ使用/使用なし群で運動能力の改善度合いを比較
今回、18歳以上の心不全患者を対象として、臨床試験が行われた。「運動支援アプリ」を使用するグループ(A群)と使用しないグループ(B群)の2つのグループにランダムに心不全患者を分け、24週間の経過観察を行い、比較を行った。患者には、運動検査の結果から得られた実践すべき運動の量と強さを医師より説明し、その説明内容に沿った運動を日常生活の中で実践してもらった。その際、通常の診療と同様に、運動に関するパンフレットを渡し、運動を実践してもらった。加えて、A群に割り振られた患者は、治験機器である「運動支援アプリ」を使用した。3か月後の運動能力の改善度合いを主要評価項目とした。
アプリ使用群、両手の握力・両側の膝伸展筋力の有意な改善
計104人が一次登録され、観察期間中の有害事象などで脱落し、100人(介入群49人、非介入群51人)が二次登録された。GCP(医薬品の臨床試験の実施の基準:Good Clinical Practice)違反例は認めなかった。全ての患者がNYHA I またはIIであり、80%以上は洞調律であった。基礎心疾患としては、約20%が虚血性心筋症、約20%に心不全の入院歴を認めていた。最高酸素摂取量は、17.7±4.1ml/min/kgで、左室駆出率は49.6±12.1%であった。KCCQ Overall Summary Scoreは86点で比較的、QOLが高い患者が治験に参加した。
治験期間中の不具合としては、介入群の38人(77.6%)で、プログラムエラーのため、治験参加中に短時間(約24時間)、アプリからの通知が届かなかった。重篤な有害事象としては、心不全増悪、心筋梗塞、不安定狭心症などの心血管イベントが、両群で発症したが、その頻度は同程度であった(介入群3人、非介入群2人)。
主要評価項目である12週後の最高酸素摂取量は、運動支援プログラムの介入で改善しなかった(mean difference=0.232、95%CI=-0.557-1.021、p=0.561)。また、副次評価項目である生活の質アンケートのKCCQ Overall Summary Score、心血管イベントの発症については、有意差を認めなかった。一方で、24週後には、両手の握力(右:mean difference=3.42、95%CI=2.07-4.77、p<0.001、左:mean difference=2.99、95%CI=1.65-4.33、p<0.001)、両側の膝伸展筋力(右:mean difference=63.54、95%CI=32.44-94.65、p<0.001、左:mean difference=51.67、95%CI=22.80-80.53、p<0.001)の有意な改善を認めた。さらに、アプリを継続的に使用している被験者に限定したPer Protocol Set解析では、副次評価項目の24週後の最高酸素摂取量が有意に改善した(mean difference=0.931、95%CI=0.023-1.839、p=0.045)。
「運動支援アプリ」、医療機器承認に向けた開発加速へ
研究グループは今回の治験の結果をもとに、「運動支援アプリ」の医療機器の承認に向けた開発を加速させる予定だとしている。現在、心不全患者の90%以上に、ガイドラインに即した適切な運動療法を届けられていない状況である。新しい医療機器を開発することで、より多くの心不全患者がこれまでのエビデンスに即した適切な運動療法を実施できる。科学技術振興機構の共創の場形成支援プログラム(COI-NEXT)ヘルスコモンズ機構と連携しながら、患者が心不全の進行や再入院なく豊かな生活を送れる社会の実現を目指す、と研究グループは述べている。
▼関連リンク
・慶應義塾大学 プレスリリース