従来のS1P阻害薬FTY720は正常細胞にも作用・リンパ球減少のため抗がん剤として不向き
兵庫医科大学は6月19日、共同開発したFTY720プロドラッグ(pro-FTY)が乳がんに対して選択的に増殖を抑制することを細胞およびマウス実験で明らかにしたと発表した。この研究は、同大乳腺・内分泌外科学の永橋昌幸准教授、小松美希実験補助、浦野清香実験補助、黒岩真美子実験補助、三好康雄功労教授、東京科学大学物質理工学院応用化学系の高橋ゆりあ氏(博士課程1年)、Ambara R. Pradipta助教、田中克典教授・主任研究員、大阪国際大学人間科学部の盛本浩二教授らの共同研究グループによるもの。研究成果は、「Cancer Research Communications, a journal of the American Association for Cancer Research」に掲載されている。

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日本において、乳がんは増加し続けている。女性の9人に1人が一生涯のうちに罹患するとされ、再発または転移により死亡する患者の数も増え続けている。転移性乳がんは、一般的にホルモン療法や抗がん剤などの薬物療法で治療されるが、治療を重ねるとがん細胞はやがて薬剤耐性を獲得し、治療が効かなくなる。転移性乳がんに対しては、サイクリン依存性キナーゼ阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬などの新薬も登場し、治療成績は改善してきている。しかし、これらの薬剤にもいずれ耐性が生じるため、治療を重ねた転移性乳がん患者の生存期間はいまだ十分なものとはいえない。したがって、従来の薬剤とは異なる作用メカニズムを持つ新薬の開発は薬剤耐性を克服するためにも不可欠であった。
従来のFTY720は、スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)シグナル阻害薬で、がん細胞の生存を阻害する。しかし、正常な細胞にも作用するため、副作用としてリンパ球減少症が見られ、抗がん剤としては不向きだった。
がん特異的発現分子標的の新規DDSを用いたFTY720プロドラッグ、有効性・安全性を評価
今回の研究では、がん特異的に発現するアクロレインを標的とする新規の応答性薬物送達システム(DDS)を用いた、pro-FTYの有効性と安全性を評価した。同研究では、乳がん細胞株10株、多剤耐性乳がん細胞株2株、および正常乳腺細胞株1株を使用してpro-FTYの50%阻害濃度(IC50)値を他の薬剤の値と比較。また、患者由来オルガノイド(PDO)を使用して、pro-FTYと他剤のIC50を比較した。4T1マウス乳がん細胞株同種移植マウスおよび患者由来異種移植腫瘍(PDX)を有するマウスでpro-FTYの薬効を試験し、質量分析を含む血液分析を行った。
pro-FTYはリンパ球減少症を回避/多剤耐性乳がんを抑制、細胞・マウス実験で
研究の結果、FTY720とpro-FTYは、乳がんの標準治療で用いられている抗がん剤であるパクリタキセルおよびドキソルビシンに耐性のある多剤耐性乳がん細胞株を含むすべての乳がん細胞株の生存を阻害した。FTY720は正常の乳腺細胞株の生存も阻害したが、pro-FTYは正常な乳腺細胞株には影響を与えないことが示唆された。また、多剤耐性PDOに対して、パクリタキセルとドキソルビシンは耐性を示したが、pro-FTYは一貫して生存阻害効果を示した。pro-FTYを静脈投与したマウスの質量分析により、その活性本体であるFTY720が腫瘍に蓄積することが確認されたが、血液中にはFTY720はほとんど検出されないことが示された。FTY720で治療されたマウスではリンパ球減少症が発生したが、pro-FTYで治療されたマウスには発生しなかった。さらに、pro-FTYの静脈内投与により、多剤耐性PDOから作製されたPDXを有するマウスの腫瘍増殖が有意に抑制された。以上より、pro-FTYはリンパ球減少症を回避しながら、多剤耐性の乳がんを抑制し、その臨床的可能性が示唆された。
治療が困難な患者への新たな治療法として期待
pro-FTYは従来の複数の抗がん剤に対する耐性を獲得した乳がんに対して有効であることから、治療が困難な患者に対する新たな治療法として役立つことが期待される。また、pro-FTYの作用機序は従来の薬剤とは全く異なるため、標準治療薬と併用することで追加の相乗効果が生じる可能性が期待される。今後、患者の治療に生かすために臨床開発するにはさらなる研究が必要であるとしている。同研究結果は、リンパ球減少症という免疫抑制の副作用によって長年妨げられてきたS1Pを標的とした抗がん剤治療の実現に向けた重要な一歩であると考える、と研究グループは述べている。
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・兵庫医科大学 プレスリリース