統合失調症者が実生活の中で、どのような運転を行っているのかは不明だった
北海道大学は5月26日、統合失調症を有する人々(以下、統合失調症者)の実際の運転行動をドライブレコーダーで記録・解析し、比較対象群(診断歴のない群)の運転者と比較した結果、統合失調症者には「スピードを控え、注意散漫な運転が少ない」といった安全志向の運転傾向があることを明らかにしたと発表した。この研究は、同大大学院保健科学研究院の岡田宏基助教らの研究グループによるもの。研究成果は、「Schizophrenia(NPJ Schizophrenia)」にオンライン掲載されている。

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自動車運転は、都市部から地方まで、生活のさまざまな場面で必要とされる移動手段だ。特に公共交通機関が十分に整っていない地域では、自動車が日常生活を支える重要な足となっている。一方で、統合失調症者にとっては、認知機能の特性や服薬による副作用の影響から、運転に対して不安を感じることも少なくない。さらに、社会に根強く残る偏見や誤解が、本人の運転に対する自信を損なう一因となっており、実際に運転免許の取得や更新の場面で不利な状況に置かれ、就労や地域社会への参加が妨げられるケースも報告されている。また、医療者や家族からの慎重な助言や、周囲の配慮の言葉をきっかけに、本人が「運転は控えるべきではないか」と判断し、自発的に運転を諦めてしまうこともある。このような背景には、社会的なイメージや、それに影響された個人の内面的な不安(セルフスティグマ)が関係していると考えられる。
これまで、統合失調症者の運転に関する研究の多くは、運転シミュレーターなどを用いた実験室内での評価に限られており、日常生活における実際の運転行動を客観的に捉えた研究はほとんどなかった。そこで研究グループは今回、ドライブレコーダーを活用することで、統合失調症者が実生活の中でどのような運転を行っているのかを、データに基づいて明らかにすることを目指した。
統合失調症者20人の500km分の走行記録、DIEPSS、違反行為などをあわせて評価
研究では、統合失調症者20人と比較対象群20人を対象に、各人500km分の走行を記録した。ドライブレコーダーは、車外および車内の映像、GPSによる速度や位置情報、加速度センサーによる急操作(急ブレーキ・急ハンドル)などを同時に記録できる機器を用いた。
さらに、走行データに加えて、認知機能検査(注意機能、抑制機能、視空間記憶など)と精神症状評価(PANSS)、抗精神病薬の副作用の一つである錐体外路症状を測定するDIEPSSを評価し、運転行動との関連を多角的に分析した。違反行動は、日本の交通法規に準拠して分類し、主に速度違反、注意力に関連した違反、抑制機能に関連した違反、危険操作としての急ブレーキ、急発進等を抽出した。
統合失調症者は走行速度や違反行為が少なく、リスク回避的な運転行動をしていると判明
その結果、統合失調症者は平均速度および最大速度が有意に低く、速度超過やスマートフォン操作などの違反行動が少ないことが明らかになった。これは、統合失調症者がリスク回避的な運転行動をとっている可能性を示している。
注意力に関する違反は、抗精神病薬による副作用が影響している可能性
また、注意力を測る「有効視野(UFOV)」のスコアが低い人ほど、信号無視や一時停止違反といった「注意力に関連する違反」の頻度が高くなることがわかった。さらに、「急ブレーキ行動」については、運転速度とは無関係に多くみられ、その背景に抗精神病薬による副作用の一つである錐体外路症状が関与している可能性が示唆された。これらの結果は、統合失調症者の運転が「認知機能の脆弱性」と「錐体外路症状の影響」という要因により特徴づけられており、従来の「危険である」という一面的な認識に対して、新たな視点を提供するものと言える。
認知機能や薬の副作用による運動障害など、個別の特性に配慮した安全運転支援が不可欠
今回の研究は、統合失調症者の運転行動を実データに基づいて初めて系統的に示したものであり、今後の社会的支援や運転適性評価のあり方に重要な示唆を与えた。特に、運転支援技術や運転リハビリテーションにおいては、単なる免許の可否判断ではなく、認知機能や錐体外路症状の重症度など、個別の要因をふまえたパーソナライズされた支援が求められる。
「運転支援と認知機能リハビリテーションの知見を統合し、安全運転能力の維持・回復を目指した介入や技術開発が今後期待される。これは、統合失調症者の社会参加の促進、ひいては生活の質の向上にもつながるものだ」と、研究グループは述べている。
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