高齢者に多い急性骨髄性白血病、負担の少ない治療法開発が求められている
広島大学は5月22日、開発中の抗白血病薬(R)-WAC-224が、ベネトクラクス耐性に関わるMCL-1と呼ばれる分子を分解することで、ベネトクラクスが効かなくなった白血病細胞を細胞死に導くことを明らかにしたと発表した。この研究は、同大原爆放射線医科学研究所の一戸辰夫教授、嬉野博志准教授(現・佐賀大学医学部創薬科学共同研究講座)らの研究グループと湧永製薬株式会社の共同研究によるもの。研究成果は、「Scientific Reports」にオンライン掲載されている。

急性骨髄性白血病は高齢者に多い血液がんで、近年の高齢化に伴い発症者数が増加している。70歳以上の年間罹患率は人口10万人あたり20人前後と推定されており、薬物療法単独での5年全生存率は約20%とされる。病状が進行すると、正常な血液を作る力が失われ、免疫力や止血力の低下により、重症の感染症や脳出血、消化管出血などで命を落とすことになる。
急性骨髄性白血病の治療は、薬物療法以外に造血幹細胞移植がある。しかし、造血幹細胞移植は治療の過程で大量の抗がん剤投与や放射線治療を行うため、強い副作用を伴う。また、この治療を行っている間は免疫力がゼロに近くなるため、些細な病気が命取りになる恐れもあり、心身ともに大きな負担がかかる。そのため、造血幹細胞移植以外の新しい治療薬の開発が、現在でも強く求められている。
副作用が少ないベネトクラクス、課題は白血病細胞の耐性獲得
従来は、シタラビンとアントラサイクリン系の薬を組み合わせた治療法が一般的だったが、副作用が強く、治療中に副作用で死亡に至る患者も少なくなかった。最近、特に高齢の患者に対しては、副作用が比較的少ない「ベネトクラクス」と「アザシチジン」を組み合わせた治療法が標準治療法となりつつある。ベネトクラクスは、細胞死を抑制するBCL2タンパク質の働きを妨げることにより、白血病細胞に細胞死を誘導する(BCL2阻害薬)。
しかしながら、ベネトクラクスとアザシチジンによる治療を行っても、治療を繰り返しているうちに白血病細胞がそれらの薬に対する耐性を獲得してしまうため、最終的にはほとんどの患者が白血病を再発し、治療した患者の半数が診断後15か月以内に命を落とすとされている。
(R)-WAC-224はベネトクラクス耐性白血病細胞株の増殖を抑制
今回の研究では、高齢者にも使用可能な副作用の少ない抗白血病薬を目指し、共同開発中の(R)-WAC-224の作用を検証した。
まず、ヒトの急性骨髄性白血病に由来する6種類の細胞株にベネトクラクスに対する耐性を誘導した。その結果、耐性を獲得した細胞株では「MCL-1」という細胞死を抑制する働きを持つタンパク質が過剰に作られていることが明らかになった。
そこで、ベネトクラクス耐性を獲得した白血病細胞株に(R)-WAC-224単独、または(R)-WAC-224とベネトクラクスを加えて細胞培養を行ったところ、いずれも白血病細胞の増殖を強く抑制した。
(R)-WAC-224によりカスパーゼ-3が活性化し、MCL-1が減少
このとき、(R)-WAC-224を加えて培養した白血病細胞株では、ベネトクラクスのみを加えて培養した細胞株と比べて、細胞死を促進するタンパク質を作る遺伝子の働きが活性化されており、実際に細胞死を起こしている細胞の比率も増加していた。
そこで、細胞死の誘導に重要な役割を果たすとともにMCL-1の分解に関わる酵素である「カスパーゼ-3」の働きを調べたところ、(R)-WAC-224を加えて培養した白血病細胞株では、カスパーゼ-3の活性が上昇しており、MCL-1が減少していることが明らかになった。
以上の結果から、(R)-WAC-224はベネトクラクス耐性骨髄性白血病細胞において、MCL-1のカスパーゼ-3による分解を促進することで、より多くの細胞死を誘導していると考えられた。
(R)-WAC-224を含む3剤がマウスでベネトクラクス耐性白血病細胞の増殖を抑制
最後に、ヒト由来のベネトクラクス耐性骨髄性白血病細胞株を移植されたマウスをベネトクラクス単独、(R)-WAC-224単独、ベネトクラクス・アザシチジンの2剤、ベネトクラクス・アザシチジン・(R)-WAC-224の3剤で治療した。
その結果、ベネトクラクス単独の治療は無効だったが、(R)-WAC-224を含む3剤による治療が白血病の増殖を最も強く抑制することが示された。また、(R)-WAC-224は従来の抗白血病薬で問題となっている心臓や消化管への毒性が少ないことも明らかになった。
より副作用が少ない新しい抗白血病薬の確立に期待
今回の研究によって、(R)-WAC-224が既存の治療薬が効かなくなった急性骨髄性白血病細胞にも有効であることが明らかになった。また、動物実験の結果から、この薬は従来の治療薬よりも副作用が少ない可能性が示唆された。
「今後、2~3年以内に治験薬の製造管理、品質管理等に関する基準(治験薬GMP)に適合した(R)-WAC-224の製造方法を確立したい。実際の患者に対する治験で、安全性と有効性が確認されれば、新しい抗白血病薬として治療に利用できるようになることが期待される」と、研究グループは述べている。
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・広島大学 研究成果