高感度で低侵襲なインスリノーマ検出法が求められていた
京都大学は5月21日、重症低血糖を呈しうる、まれなホルモン産生腫瘍であるインスリノーマを対象に、新しいPET/CT検査を用いた非侵襲的診断法の開発に成功したと発表した。この研究は、同大大学院医学研究科の村上隆亮助教、中本裕士教授、矢部大介教授、稲垣暢也名誉教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism(JCEM)」にオンライン掲載されている。

画像はリリースより
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インスリノーマは膵臓のランゲルハンス島β細胞から発生する神経内分泌腫瘍で、インスリンの過剰分泌によって低血糖発作などの症状を引き起こす。しばしば重症となる低血糖により意識障害などを来し、患者のQOLに大きな悪影響を及ぼすことが問題となっている。根本的な治療には、的確な局在診断に基づく手術が唯一の選択肢となるが、腫瘍径が2cm以下と小さい場合が多く、体内のどこに腫瘍があるかを正確に突き止める術前診断は困難だった。
従来、インスリノーマの位置診断にはCT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)などの画像検査が用いられてきたが、腫瘍が小さい場合は見落としも多かった。超音波内視鏡検査(EUS)や、選択的動脈カルシウム注入試験(SACI試験)は比較的高感度の診断が可能となるが、侵襲を伴い、患者の負担が大きいことが課題だった。このような背景から、より高感度で患者負担の少ない新たなインスリノーマ検出法の開発が望まれてきた。
グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)受容体は、膵臓のβ細胞に多く存在し、良性のインスリノーマでは一般的にこの受容体が過剰発現している。これまでに研究グループは、GLP-1受容体を標的とした核医学画像診断の可能性に着目し、マウスを用いた基礎研究でインスリノーマへの良好な診断精度を得ていた。そこで今回の研究では、その技術をインスリノーマが臨床的に疑われる患者に世界で初めて適用し、その有効性を検証した。
新開発のプローブを用いたPET/CT検査、従来法と性能比較
同研究は、インスリノーマが疑われる低血糖症患者12人を対象に、京都大学医学部附属病院で医師主導の第2相臨床試験として実施された。新開発のPETプローブ[18F]FB(ePEG12)12-exendin-4(以下、18Fエキセンディン-4)を用いてPET/CT検査を実施し、その実施前後での従来通りの画像検査(CT、MRI、EUS)やSACI試験の診断能力との比較を行った。
PET/CT検査では、合成したPETプローブを患者に静脈注射し、約1時間後と2時間後の2回に分けて撮像した。PET画像を従来のCT画像と重ね合わせて解析することで、体内のどこにプローブが集積しているか(すなわち、GLP-1受容体を多く持つインスリノーマが存在するか)を判断した。なお、検査中はインスリノーマによる低血糖の予防のため血糖値やバイタルサインを継続モニターし、必要に応じてブドウ糖液の点滴を調整するなど安全面にも十分配慮した。
検出感度100%、従来法では困難だった症例も診断可能に
その結果、[18F]エキセンディン-4 PET/CT検査は、12人全員のインスリノーマを正確に検出した。従来法では見つけられなかった腫瘍もPET/CTでは鮮明に描出され、検出感度100%を達成した。同法の検出率はCTの83%、MRIの63%を大きく上回り、超音波内視鏡(EUS)の90%、SACI試験の89%と比べても優れていた。
画像では腫瘍部位で周囲組織に比べて有意に高いプローブの集積が認められ、全症例で術前に腫瘍の位置を特定することに成功した。事前の画像検査(CT、MRI、EUS)やSACI試験では確実な診断が困難であった症例も、[18F]エキセンディン-4 PET/CT検査では腫瘍の検出が可能だった。
全例で手術による根治を達成、診断法としての有用性を証明
検査で指摘された部位を外科的に摘出したところ、摘出病変は全てインスリノーマと病理診断され、術後に患者の低血糖症状は完全に消失した。以上より、[18F]エキセンディン-4 PET/CT検査が、インスリノーマの非侵襲的診断手段として極めて有用であることが臨床的に示された。
非侵襲的検査の有力な選択肢、他の疾患への応用にも期待
今回の研究で開発・実証された[18F]エキセンディン-4 PET/CT検査により、インスリノーマの術前診断精度は飛躍的に向上すると期待される。同法は機能画像と解剖学的画像を組み合わせることによって正確な腫瘍の位置を把握できるため、十分な手術計画の上で負担が少ない適切な手術方法の選択(例えば腫瘍のみを摘出する腫瘍核出術や腹腔鏡手術の適用など)が可能となる。これにより、根治術を受けられない場合や十分な腫瘍の位置が同定できないことによる再手術のリスクを低減できる可能性がある。
また、侵襲的な検査であるため、SACI試験やEUS検査が行えないような症例においても同PET/CT検査の導入により患者への侵襲を減らしつつ、確実に腫瘍を突き止めることができるようになると考えられる。インスリノーマ以外の膵島細胞腫瘍や、原因不明低血糖症の診断、さらには糖尿病の病期診断にも応用できる可能性があり、関連領域への波及効果も期待される。
「まだ症例数が限られている段階での中間報告であるため、今後、さらに症例数を増やした臨床研究を進め、得られた知見の再現性や一般性を検証する予定だ。将来的には、このPET/CT検査を医療現場で活用し、インスリノーマ患者の負担軽減・診断率の向上を国際的に実現したい」と、研究グループは述べている。
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