治療法のない「着床不全」、胚盤胞との接着が再現できる体外着床モデルは未確立
山口大学は5月15日、マウスの着床現象を体外で再現するモデルを樹立したことを世界で初めて報告したと発表した。この研究は、同大大学院医学系研究科産科婦人科学講座の藤村大志助教、田村功講師、杉野法広教授らの研究グループによるもの。研究成果は、「Development」に掲載されている。

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着床とは、受精卵が胚盤胞へと分化したのちに子宮内に侵入し、子宮内膜に接着・浸潤、胎盤形成に至るまでの一連の現象だ。子宮内膜上皮細胞、子宮内膜間質細胞は着床の場を提供し、卵巣から分泌される女性ホルモンの影響により受精卵を受け入れることができる状態に変化する。不妊症の中には、良好な胚盤胞を移植しても妊娠に至らない、「着床不全」の状態にある患者が一定数存在するが、有効な治療法は確立していない。また、着床現象は母体の子宮内でダイナミックに起きる現象であるため、これまでに、その過程を直接観察することはできておらず、着床現象の詳細は明かされていない。研究グループは、着床現象を研究するには着床現象を体外で再現することが重要であると考え、三次元の子宮内膜を体外で作製することに注目した。
2017年に子宮内膜上皮細胞を用いた三次元培養「子宮内膜オルガノイド」が報告されたが、これは子宮内膜を構成する細胞のうち、子宮内膜上皮細胞のみを有している構造体だった。また、実際の着床過程において、胚盤胞は子宮内膜上皮細胞の管腔側から接着、侵入していくが、既報のオルガノイドでは管腔側が内腔面を向いているため、上皮細胞と胚盤胞の接着現象を再現することは物理的に不可能だった。さらに、オルガノイドはマトリゲルといった細胞外基質の中に包まれた状態で三次元構造を維持しているため、これも胚盤胞と上皮細胞が直接的に接着することを困難にしていた。つまり、これまで体外培養において着床現象を再現することができるモデルは確立されていなかった。
改良型子宮内膜オルガノイド、マウス胚盤胞との共培養で着床4段階のリアルタイム観察に成功
研究グループは体外培養において着床現象を再現するために、マウスを用いた「改良型子宮内膜オルガノイド」を作製した。これは、(1)子宮内膜上皮細胞と子宮内膜間質細胞を有しており、(2)子宮内膜上皮細胞のapical side(子宮管腔側、胚盤胞が接着する側)はオルガノイドの外側面を向いており(apical out)外側から着床可能、(3)マトリゲルといった細胞外基質を必要としない、という特徴を持っており、先に述べた問題点を克服していた。
研究グループは、この改良型子宮内膜オルガノイドを用いてマウス胚盤胞と共培養を行い、着床の4段階(接着:attachment、陥凹:invagination、貪食:entosis、浸潤:invasion)をリアルタイムで観察することに成功した。
体外着床後、胚盤胞由来細胞は絨毛細胞・間質細胞は脱落膜化子宮内膜間質細胞へ分化
また、女性ホルモン刺激の有無によって着床率に有意な差異が生じることを見出し、改良型子宮内膜オルガノイドは女性ホルモン依存的な子宮内膜機能を有していることを明らかにした。さらに、着床後の胚盤胞由来細胞は絨毛細胞へと分化し、同時に改良型子宮内膜オルガノイド内の間質細胞が脱落膜化子宮内膜間質細胞へと分化していることを明らかにした。これらの結果は体外で着床現象が起きたのちに、細胞が次の段階へと分化したことを示している。
着床不全の原因解明や治療法開発につながる
以上の結果から、本モデルを体外で着床現象を再現することができるモデルとして発表した。着床現象の多くはいまだに謎に包まれているが、本モデルを用いることで着床現象を体外で詳細に観察することができるようになり、着床のメカニズムを解明する手がかりになると期待している。「また、着床現象を体外で操作することが可能となり、着床不全の原因解明や治療法の開発のためのプラットフォームとして、着床研究のさらなる発展に寄与すると考えている」と、研究グループは述べている。
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