メンタライジングから、日英のASD者・非ASD者のコミュニケーションの違いを比較
早稲田大学は5月15日、日本と英国の自閉スペクトラム症(ASD)者および非自閉スペクトラム症(非ASD)が、互いにコミュニケーションをどのように解釈するかの比較研究を行ったところ、異なる結果が得られたと発表した。この研究は、同大人間科学学術院の岡本悠子客員次席研究員、大須理英子教授、日本学術振興会外国人特別研究員(当時)のBianca Schuster博士(現・ウィーン大学)らの研究グループと、福井大学医学部の小坂浩隆教授、国立障害者リハビリテーションセンター研究所の井手正和研究員との共同研究によるもの。研究成果は、「Molecular autism」に掲載されている。

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何十年もの間、専門家たちはASD者が他者の考えや感情を理解するのは難しいと指摘してきた。しかし最近では、コミュニケーションの問題はASD者だけの課題ではなく、ASD者と非ASD者の間の誤解やミスマッチから生じる可能性があると指摘されている。ASD者と非ASD者は異なる経験をし、それぞれの社会的合図を理解するのに難しさを持つため、世界や周囲の認識や相互作用の仕方が異なるという考え方だ。これを「二重共感仮説」と呼び、近年注目されているが、この仮説を検証した研究はほとんどない。
また、多くのASD研究は欧米の社会規範や価値観に基づいて行われているが、コミュニケーションの様式は文化によって異なる。例えば、アイコンタクトの減少や特有のジェスチャーなどの欧米ではASDの兆候と見なされがちな行動が、他の文化では異なる意味を持つことがある。日本は欧米と異なり、お辞儀やうなずきなどの微細な非言語的な合図が社会的コミュニケーションにおいて重要な役割を果たすと言われている。このことは、コミュニケーションやASDの在り方が文化によって異なる可能性があることを示しており、ASDの診断や理解に対して文化的背景に配慮したアプローチが必要であることを示唆している。
これまでの研究では、ASD者が非ASD者から伝えられた社会的手がかり(感情表現、ジェスチャー、語りなど)をどのように解釈するかに焦点が当てられてきた。そこで研究グループは今回、メンタライジング(他人の心的状態(思考、感情、意図、信念)を推測し、理解し、考える能力)に関する研究を行い、英国と日本のASD者および非ASD者を対象に、能力の違いを比較した。
日本ではASD者と非ASD者ともに、アニメーションから心の状態を適切に読み取れた
まずタブレットを用いて三角形の動きを通して心の状態を描いた動画を作り、参加者が他の人が作った動画を見て、その心の状態を読み取るテストを実施した。その結果、英国と日本のASD者および非ASD者では異なる結果が得られた。英国では、ASD者と非ASD者が互いの動画を理解するのが難しい傾向があったが、日本ではASD者と非ASD者のペアでも、心の状態を適切に理解することができた。
このような違いが生じた背景を理解するためには、文化の違いに着目し考察する必要がある。例えば、日本は「擬人化」と呼ばれる人間以外の存在に人間のような性質を与える文化的傾向が強い国である。日本の日常文化でよく見られるアニメーション、マスコット、アニメに頻繁に触れることで、日本の参加者、特に日本のASD者グループは、三角形で表現されるような抽象的なコミュニケーションを解釈する能力が高くなった可能性が考えられる。
感情などを表現し解釈するための身体の動きの使われ方は、文化によって大きく異なる
また、英国の参加者はアニメーションを解釈する際に、アニメを作成した人と観察者が、ある心の状態を描写する際の動きの滑らかさが似ていれば似ているほど、観察者はその心の状態をよりよく理解することができていた。このことは、英国の参加者は、自分の動きが特定の感情や精神状態とどのように結びついているかという暗黙の考えを持っており、他人の動きを判断する際に自分の考えを利用していることを示している。
英国人参加者とは対照的に、日本人参加者はこのような動きの類似性と心の状態を読み取るテストの成績に関係がなかった。この発見は、感情や意図などの内的状態を表現し解釈するために、身体の動きがどのように使われるかが文化によって大きく異なることを表している。
非ASD者がASD者の心を理解する方法を考えていくことが重要
英国の参加者で検証された「ASD者のコミュニケーションの難しさには、非ASD者からの誤解やミスコミュニケーションが関連する」という二重共感仮説は、ASD者が地域社会で健康に過ごしていくために重要なヒントが示されている。研究や社会などではASD者が他者の気持ちを誤解してしまうということに重きが置かれているが、実際には支援者など(非ASD者)がASD者の気持ちを誤解してしまうことも多く、それがASD者支援の難しさにもつながっている。研究グループはこのことについて、非ASD者がどうすればASD者の心を理解できるようになるかを考えていくことが、ASD者の社会的受容とウェルビーイングを高めるきっかけになることを望んでいると述べている。
今後は、文化的背景がASD者への理解をどう形成しているかを考慮した研究が必要
今回の研究結果から、研究調査において社会的理解を測定するために一般的に使用されている課題が、文化によって同じようには機能しないことが示唆された。社会的相互作用の成功に関する人々の考え方が、どのような場合に重なり合い、どのような場合に文化間で異なるのかをより良く理解するためには、より多くの異文化間研究が必要だ。この知識は、文化的に適切な方法で社会的理解を正確に捉えるために、既存の尺度を適応させたり、新しい尺度を作ったりすることに役立つと考える。今後のASD研究では、文化的背景がASD者に対する理解をどのように形成しているかを考慮する必要がある。
「今回用いた課題では日本のASD者のコミュニケーション上の困難さを測ることはできなかった。しかし、日本のASD者も日常生活でコミュニケーションに困難さを抱えているため、他の課題を用いて日本のASD者のコミュニケーションの難しさの背景を調べ、さまざまな支援につなげる必要がある」と、研究グループは述べている。
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・早稲田大学 プレスリリース