原因不明の小脳性運動失調症と自己免疫の関連が明らかになりつつある
北海道大学は4月11日、自己免疫性小脳失調症に関連する自己抗体の一つである「KLHL11抗体」の測定系を日本で初めて確立し、その陽性例が原因不明の小脳性運動失調症患者群の中に複数存在することを発見したと発表した。この研究は、同大大学院医学院博士課程の藤井信太朗医師、工藤彰彦医師、大学院医学研究院の矢口裕章准教授、矢部一郎教授らの研究グループと、近畿大学医学部内科学教室(脳神経内科部門)の山岸裕子非常勤教員、永井義隆主任教授、福井県立大学の米田誠教授、新潟大学の田中惠子非常勤講師、岐阜大学の木村暁夫准教授らの共同研究によるもの。研究成果は、「Journal of Neurology」にオンライン掲載されている。

小脳性運動失調症は小脳の障害により、ふらつき・めまい・しゃべりにくさ・歩きにくさなどの運動失調症状を呈する疾患群の総称。その患者数は全国で約4万人とされる。そのうち神経変性疾患や遺伝性疾患を原因とするものが約3万人存在し、残りの約1万人は原因が不明とされている。
近年、この原因不明の小脳性運動失調症の一部は、自己免疫性機序により発症する自己免疫性小脳失調症であることが報告されている。この自己免疫性小脳失調症は「治療可能な」小脳性運動失調症として注目されており、海外から診断マーカーもしくは病原性の説明が可能な抗体として複数の抗体が報告されるに伴い、その疾患概念が確立しつつある。
自己免疫性小脳失調症とKLHL11抗体の関連、日本では検討が不十分
「KLHL11抗体」はKLHL11タンパク質に対する自己抗体であり、抗神経抗体の一種。2019年に北米で初めて自己免疫性小脳失調症との関連が報告されて以来、世界の複数の国々から追加報告されてきた経緯がある。しかし、日本では測定系が確立されていなかったこともあり、多数例での検討がされていなかった。
研究グループは、自己免疫性小脳失調症の早期診断と早期治療を目指してオールジャパン体制で多施設共同研究を継続して行っている。これまでにも、世界で初めて自己免疫性小脳失調症の原因となる自己抗体「Sez6l2抗体」を報告し、測定系を確立している。
そこで今回、日本で初めてKLHL11抗体測定系を確立することと、原因不明の小脳性運動失調症患者においてKLHL11抗体陽性自己免疫性小脳失調症がどの程度存在するかを明らかにすることを目的に研究を行った。
KLHL11抗体測定系を構築、原因不明の患者2人で陽性確認
今回の研究では、原因不明の小脳性運動失調症の患者のうち、Sez6l2抗体が陰性で亜急性に進行する84人を対象とした。
まず、Myc-DDKタグ付きのKLHL11タンパク質をHEK293T細胞株に一過性に過剰発現させ、血清と髄液の両者を用いたcell based assay(CBA)法を行った。その結果、KLHL11タンパク質が発現した細胞のみが認識され、KLHL11抗体測定系を確立することができた。この測定系による判定では、84人中2人がKLHL11抗体陽性だった。
典型症状を欠く症例でもKLHL11抗体陽性、早期診断に有用である可能性
KLHL11抗体陽性例は男性に多く、感音性難聴と精巣腫瘍を伴うという特徴がある。精巣腫瘍は疾患を同定した時には退縮し、精巣の萎縮や石灰化のみを呈する場合もあるとされている。
今回新たにKLHL11抗体陽性と診断された2人も男性だった。このうち1人は、海外で報告されたように脳MRIで小脳や脳幹の異常信号と感音性難聴も認めたが、もう1人は脳MRIでの変化や感音性難聴は見られなかった。また、2人とも精巣腫瘍の合併はなかったが、1人は精巣に石灰化が確認された。
以上の結果から、脳MRIにおける変化や典型的な症状がなくても、発症後3か月以内に進行性に悪化する小脳性運動失調症の場合、特に男性の場合には、積極的にKLHL11抗体を測定することが望ましいと考えられた。
自己免疫性小脳失調症の診断と治療法確立への貢献に期待
同研究によって、日本でもKLHL11抗体が測定可能になり、KLHL11抗体陽性自己免疫性小脳失調症が少なからず存在することが明らかになった。今後、発症後3か月以内に進行性に悪化する小脳性運動失調を呈し、自己免疫性小脳失調症が疑われる症例においては積極的なKLHL11抗体の測定が推奨される。
「KLHL11抗体陽性例は、代表的神経変性疾患である多系統萎縮症と同様に脳幹に異常信号を呈することが多いため、多系統萎縮症の中にKLHL11抗体陽性例が存在する可能性も考えられる。今後はその点も加味した研究を進めていく予定。本研究によりKLHL11抗体陽性自己免疫性小脳失調症がより広く認知され、詳細に臨床的検討がなされることにより、早期診断と治療法の確立につながることが期待される」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・北海道大学 プレスリリース