東アジアに多く心臓主体の病型を引き起こすライソゾーム病
京都大学は4月11日、RNAの異常を低分子化合物の経口投与で是正し、遺伝病の治療につなげる新たなアプローチを開発したと発表した。この研究は、同大医学研究科の萩原正敏特任教授、粟屋智就准教授ら、第一三共株式会社の研究グループによるもの。研究成果は、「Science Advances」にオンライン掲載されている。

画像はリリースより
(詳細は▼関連リンクからご確認ください)
RNAスプライシングは、RNA中の不要な配列(イントロン)を取り除き、必要な配列(エクソン)を正確につなぎ合わせる過程。スプライシングが正常に行われないと、タンパク質が正しく作られず、さまざまな疾患の原因となることが近年明らかになっている。特に、単一塩基変異によってRNAスプライシング異常が引き起こされる遺伝病は、全遺伝病の30〜50%に及ぶと報告されており、RNAスプライシングの制御は創薬研究において大きな注目を集めている。
ファブリー病はGLA遺伝子の異常によって酵素α-ガラクトシダーゼAの活性が低下し、グロボトリアオシルセラミド(Gb3)が蓄積するライソゾーム病だ。その中でも、東アジアに多く見られるc.639+919G>A変異は、「心ファブリー病」と呼ばれる心臓主体の病型を引き起こす。この変異はRNAスプライシングの過程において、「ポイズンエクソン」と呼ばれる不要な配列をRNAに挿入させ、タンパク質合成を停止させることで酵素の発現を阻害する。現在主流の治療法である酵素補充療法(ERT)は、生体内に直接酵素を補う方法だが、高額で定期的な点滴治療が必要であり、効果も必ずしも十分とは言えない。そのため、より簡便かつ根本的な治療法の開発が強く望まれてきた。
既存スプライシング制御化合物、患者由来心筋細胞のα-ガラクトシダーゼ活性を有意に回復
研究グループは、経口投与による治療法の実現を目指して、RNAスプライシング異常を修正できる低分子化合物の探索・開発・評価を進めた。
まず、患者由来の血液細胞を用いた実験により、既存のスプライシング制御化合物RECTASがスプライシング異常を是正できる有望な化合物であることを見出した。さらに、患者から樹立したiPS細胞から心筋細胞(iPSC-CMs)を作成して心ファブリー病のスプライシング異常と酵素活性低下を再現する実験系を構築し、RECTASが心筋細胞においてポイズンエクソンのスキップを促進し、GLA遺伝子の正常なスプライシングを回復させることを明らかにした。その結果、心筋細胞においてα-ガラクトシダーゼ活性が有意に回復し、病因物質Gb3の蓄積も減少した。
高用量の治療が必要なRECTASの課題を克服する「RECTAS-2.0」を開発
RECTASは、スプライシング因子SRSF6の活性化を通じて、ポイズンエクソンの下流に位置する正規のエクソン(exon 5)の認識を強化し、ポイズンエクソンとの競合において正しいスプライシングを促進する。これにより、正常な転写産物が増加し、α-ガラクトシダーゼの酵素活性が回復する。
RECTASは一定の効果を示す一方で、治療に十分な血中濃度の確保には高用量が必要であり、心筋への移行効率にも課題があった。この課題を克服するため、第一三共株式会社が合成した418種類の誘導体をスクリーニングし、RECTASの約10倍のスプライシング修復活性を持ち、かつ心筋への移行性(分布係数Kp)に優れた「RECTAS-2.0」を開発した。
RECTAS-2.0の経口投与、変異導入マウスの心筋組織でスプライシング回復を確認
RECTAS-2.0の体内での効果を検証するため、c.639+919G>A変異を導入したヒトGLA遺伝子を持つトランスジェニックマウスを作製し、RECTAS-2.0を経口投与した。その結果、心筋組織においてヒトGLA遺伝子の正常スプライシングが回復することが確認された。この成果は、経口投与可能なスプライシング修正化合物の開発に成功したことを示しており、今後の応用に向けた重要な一歩となった。
また、RECTAS-2.0はこれまでに実施した複数の毒性試験・安全性試験において大きな懸念は認められておらず、今後の臨床応用に向けて、さらなる評価が進められている。
RNAスプライシング異常が原因のさまざまな疾患に応用できる可能性も
今回の研究の成果は、心ファブリー病という特定の疾患にとどまらず、RNAスプライシング異常を原因とする他のさまざまな遺伝病にも応用できる可能性を示している。特に、発症前の段階から治療介入を行う「予防的治療」や「先制医療」への応用も視野に入っており、今後の医療モデルに大きな変革をもたらす可能性がある。
現在、京都大学発ベンチャーのBTB Therapeutics, Inc.およびマグミット製薬株式会社と連携し、ヒトでの臨床試験開始に向けた準備が進められている。「ヒトにおける有効性と安全性の慎重な検証が必要であり、今後も着実に臨床開発を進めていきたいと考えている」と、研究グループは述べている。
▼関連リンク
・京都大学 最新の研究成果を知る