オートファジーが病原体を認識する仕組みの全容は未解明
弘前大学は4月7日、細胞内に侵入した病原体を認識する新たな仕組みを発見したと発表した。この研究は、農学生命科学部 細胞分子生物学分野の荒川将志博士研究員(当時)、瓜生慧也大学院生(当時)、森田英嗣教授らの研究グループと、産業技術総合研究所および大阪大学との共同研究によるもの。研究成果は、「Proceedings of the National Academy of Sciences(PNAS)」にオンライン掲載されている。

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ヒトの体を構成する細胞は、ウイルスや細菌などの病原体が侵入した際に、それを排除しようとする防御機構を備えている。その一つに「オートファジー」という細胞内の自浄作用があり、特に病原体などの「異物」を分解するこのプロセスは「ゼノファジー」と呼ばれる。ゼノファジーが病原体を認識する仕組みとして、病原体そのものを認識する仕組みや病原体に付加されたタンパク質を認識する仕組みなど、さまざまな仕組みがこれまで報告されているが、その全容はいまだ理解されていない。
そこで研究グループは今回、ゼノファジーが病原体を認識する仕組みを理解するため、まずオートファジーに関連するタンパク質を網羅的に探索することにした。
新規オートファジー受容体を探索、「HEATR」など複数同定
オートファジーが異物を認識する際に重要な役割を担うのが「オートファジー受容体」と呼ばれるタンパク質だ。オートファジー受容体は異物に集積するとともに、オートファゴソーム膜上に存在する「LC3」というタンパク質に結合する性質を持つ。さらに、そのLC3との結合にはLC3相互作用領域(LC3 interacting region:LIR)が重要と考えられている。
そこで、ヒトの細胞内に存在するタンパク質の中からLIR依存的にLC3と結合するタンパク質を網羅的に探索し、Sec62、SQSTM1、TBC1D15など、すでにLIR依存的にLC3に結合することが報告されているタンパク質とともに、「HEATR3」など、これまでに報告のないタンパク質を複数同定した。
HEATR3を介した「細菌の」排除には、LC3との相互作用が不可欠
HEATR3は、細菌感染などで腸に炎症が起こる難病「クローン病」患者に変異がある遺伝子として知られていた。そこで、HEATR3と細菌感染、そしてオートファジーとの関係に着目した。
詳細な顕微鏡観察の結果、細胞内に侵入した細菌にHEATR3が集まることが判明した。また、ゲノム編集技術を用いて人為的にHEATR3遺伝子を欠損させると、感染細胞内での細菌の増殖が促進されることを明らかにした。さらに、欠損させたHEATR3を再発現させることでHEATR3の機能を回復させる実験では、LC3と結合できる正常なHEATR3の再発現では機能の回復が見られたが、結合できない変異型では回復しなかった。これにより、LC3との相互作用がHEATR3を介した細菌の排除に不可欠であることが示された。
HEATR3、オートファジー非依存的に損傷した細胞膜を感知して広く異物を排除
次に、HEATR3がどのようにして、細胞内に侵入した細菌に集まっているのか、その仕組みを解明するために実験を進めた。さまざまな実験的検証から、HEATR3は細菌だけでなく、異物の侵入によって損傷を受けた細胞膜(エンドソーム膜)や、化学処理によって損傷したリソソームにも集積することがわかった。また、それはオートファジー非依存的であること、膜損傷を受けたエンドソームやリソソームからのカルシウムイオンの流出に依存することがわかった。これにより、HEATR3が損傷した細胞膜を感知し、異物を排除する役割を担っていると考えられる。
HEATR3、オートファジー受容体としての機能とは独立して炎症性疾患とも関与
HEATR3はクローン病との関連が示唆されている遺伝子であるため、免疫システムの特に、炎症反応を引き起こすNOD2を介したNF-κBシグナル伝達経路について、HEATR3の関与とオートファジーとの関連を検証した。
その結果、HEATR3はNF-κBシグナル伝達経路を正に制御していることがわかったが、その活性にオートファジー(LC3との結合)は関与していなかった。このことは、HEATR3がクローン病などの炎症性疾患と関与していることが示唆されるが、それはオートファジー受容体としての機能とは独立していることを意味している。
クローン病など、感染症・免疫疾患に対する治療戦略の開発に期待
今回の研究成果により、HEATR3を介した病原体などの細胞内の異物認識の新たな仕組みが明らかになった。「本研究は、細胞がどのようにして細菌感染を感知し、排除するのかを理解する上で重要な知見を提供した。HEATR3の機能をさらに詳しく調べることで、クローン病などの病原体の感染に起因する感染症・免疫疾患に対する治療戦略の開発につながる可能性がある」と、研究グループは述べている。
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・弘前大学 プレスリリース